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ギリギリまで部活、1浪し医学部 海堂氏の千葉高時代 作家・海堂尊氏が語る(下)

2018/12/3

授業で印象が残っているのは、3年生で医学部に進級した直後の解剖実習です。5~9月の月曜から金曜の午後、毎日解剖し人体の構図を学ぶんです。脊椎の1つ1つを外すぐらい細かく、すべてをパーツにします。イメージしにくいと思いますが、例えるなら、アジの開きから身を外しバラバラにしていく。そんな感じです。メンタル的には非常にきつく、終わったときには虚脱感がありました。「諸行無常」いうことを強く感じた経験でした。

「今取り組んでいるのはチェ・ゲバラを題材にしたシリーズ。高校時代に読んだものが無意識に心に残っていた」と語る

大学でも剣道部には力を入れていました。そして剣道が終わると麻雀です。麻雀にのめり込んでいたので、無理やりメンバーを集めて毎日のように打っていました。だから当時の同級生には悪い事したな、と。勝負事が好きなんです。将棋も好きですが、ゲームが始まると対等で、あとは実力で勝負になります。麻雀はそこにかなり運の部分も加わり、一層混沌としてきます。とにかく麻雀にはどっぷりはまり、そのせいで留年もしました。

ふとしたきっかけが、次につながった。

一度、面白くなるとのめりこむタイプですが、最初から強い意志はなく、何となく始めることが多いです。今、チェ・ゲバラが主人公の「ポーラースター・シリーズ」(文芸春秋)を書いていますが、これもきっかけはテレビの旅番組に出演したことでした。「どこでも好きなところに連れて行く」と言われたので、どうせなら自分一人では行きにくい場所に行きたいと思って、南極など考えましたが、その時キューバが浮かんだんです。当時なかなか行きづらい国だったのと、高校のころ三好徹さんの「チェ・ゲバラ伝」を読んでいて、なぜか頭の隅にひっかかっていたのです。

10日ほどの旅の間に、できれば短編小説を1本書いてほしいと言われ、そんなご無体な、と思いつつキューバに向かいました。約束はしましたが、「書けなくても怒らないでくださいね」と安全ネットを張っておくことは忘れませんでした。小説というものは、書けるときにはすらすらほいほい書けるけれども、書けない時は本当にうんともすんともならないものなのです。でも、そんな心配は杞憂でした。

世界遺産にもなっている、ゲバラがカストロたちと一緒に「グランマ号」というプレジャーボートみたいなヨットで上陸した場所に行ったときのことです。彼らが上陸した道は、マングローブの林の中だったのですが、今はその道が真っ白なコンクリートで舗装され、上陸地点まで歩いて行けるようになっています。そこで「ゲバラの物語」ができてしまったのです。ゲバラの評伝はすでにとてもよいものがあるので、自分で書くつもりはまったくありませんでしたが、フィクションというスタンスなら書けるのでは、とも思いました。

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