「気がついたら、成績が良くなり、級長にもなり、中2の時には卒業式で送辞、中3の時は答辞を読むようになっていた。高校受験も楽勝。都立駒場高校に合格したときの成績はトップだったらしいです」

1年後輩の吉永小百合さん、アナウンス部長として指導

駒場高校1年の時、放送コンクールに出場したセーラー服姿の加藤さん

――高校で1年後輩には女優の吉永小百合さんがいたそうですね。

「私は学校放送の駒場放送局に入り、高2でアナウンス部長になり、朝と昼に校内でニュースや天気予報、音楽を流し、ラジオドラマも放送していた。部員は100人を超す大所帯。局長は後に劇団『黒テント』などを創設する演出家の佐藤信さん。そこに1学年後輩の吉永小百合さんが入ってきたんです」

「小百合さんは学校に来る時間もあまりないのに、駒場放送局のアナウンス部に入り、私が企画したアナウンス講習をきちんと受けてくれた。NHKのアナウンサーを呼んで、早口言葉などの基礎を教えるんです。小百合さんはクラス対抗の卓球大会にも出たりしていた。ただ、学校の前にいつも赤いクルマが待っていて、すぐに仕事に戻ってしまう。とても忙しそうでしたね」

■安保・教師・父… 「受かってみせる」と闘争心

父にも東大受験を反対され、闘争心に火が付いたと振り返る

――高2の時に60年の安保闘争がありました。

「60年安保は大学だけでなく、高校でも盛り上がりました。6月のゼネストの前日。私は放送部員に『デモに行こう』と呼び掛け、局長の佐藤さんら4人で初めてデモに参加した。その4日後の雨の日、国会周辺のデモで東大4年生の樺美智子さんが亡くなったんです。ショックでした。翌朝、私はその事件をニュース原稿にし、校内放送しました。これをきっかけに『樺さんの後を継ぐためにも東大に入ろう』と思うようになります」