都市部で農業ブーム 法改正が追い風、流通に変化も
都市部を中心に、住民が農地の一部を借り野菜や果物を育てる「市民農園」が流行しています。全国の市民農園は2017年3月末に4223カ所と、過去10年で約30%増えました。18年9月には、個人や企業が農地を借りやすくなる新法も施行されました。都会の農業の利点や注意点を考えてみます。
東京都武蔵野市の会社員、今仲泰之さん(53)は自宅から約5キロメートル離れた同調布市の畑に通うのが週末の楽しみです。住宅街にある農地の一角に3畳ほどを間借りし、夏はキュウリ、秋は大根など10種類以上の作物を育てています。約1年前から栽培を始めた今仲さんは「自分で作る野菜はスーパーで買ったものよりおいしい」と収穫に喜びを感じています。
今仲さんの畑は、運営企業のアグリメディア(東京・新宿)が農地に設置した市民農園の中にあります。料金は月9千円程度で、約50人の利用者がいます。種や農具は企業が提供するほか専門家の指導も受けられるため、利用者は身一つで栽培を始めることができます。
こうした市民農園は9月、都市部の農地を借りやすくなる法律が施行されたことでますます増える見通しです。従来は企業や個人が農地を借りるためには自治体などを通さなければなりませんでしたが、新法では所有者と直接契約を結べるようになりました。対象となる都市部の農地は「生産緑地」と呼ばれ、全国で東京ドーム2800個分ほどの広さを有しています。
大規模な都市農地の開放により、本格的な農業を始める人も増えるかもしれません。足元でも、農家以外の出身で農業経営を始めた個人は17年に全国で3600人と、10年前の2倍超に増えています。日本総合研究所の三輪泰史エクスパートは「都市部の農業は観光や飲食業と結びつけることで付加価値をつけやすい」と話し、新法が都市部での農業のブームを加速させると見ています。
農業全体にも影響がありそうです。野村アグリプランニング&アドバイザリーの佐藤光泰調査部長によると、都市部の農業は面積こそ全体の2%程度ですが、販売金額は10%程度を占めています。消費地に近く、利幅の大きい作物の栽培が主流のためです。「市民農園の利用者には自分の作物を売ってみたい人も多い」(佐藤氏)といいます。個人が少量の作物を直接販売するなど、流通に変化が生じる可能性があります。
都市農業を始める注意点は何でしょう。日本総研の三輪氏は「市街地での農業は害虫の駆除や農薬の使い方など気をつけるべき点が多いので、技術をしっかり習得してほしい」と話しています。
佐藤光泰・野村アグリプランニング&アドバイザリー調査部長「個人間の取引にも拡大余地」
都市農業の将来について、野村アグリプランニング&アドバイザリーの佐藤光泰調査部長に聞きました。
――都市農業の現状はどうですか。
「都市農業の面積は日本全体の2%程度だが、農家の戸数や販売金額は全体の10%程度を占めており、意外とシェアは大きい。このうち生産緑地はJR山手線の内側面積の2倍弱にあたる規模だ。2022年に生産緑地への税制優遇の期限が切れることから、一斉に自治体へ買い取りの申し出がなされる懸念があった。厳しい財政状況にある自治体もある中で大規模な買い取りは現実的でない。このため政府は生産緑地の所有者が農地を貸し出しても相続税などの軽減を受けられる制度を、法改正を経て9月から始めた」
――制度の変更で何が変わりますか。
「農地の所有者にとっても、近隣住民や企業にとっても選択肢が増えるだろう。まず所有者は農地を第三者に貸し出すことで、市民農園など多くの利用者に農地を開放するビジネスを始めやすくなる。一方、都市部に住む個人も居住地に近い場所で農業を始めやすくなる。企業も本社や事業所が多い都市部で農業を試してみたいというニーズを持っており、チャンスが広がるだろう」
――農地を貸す側、借りる側の注意点は何でしょうか。
「貸す側は、農地を借りて市民農園などを運営する主体が、利用者と円滑なコミュニケーションをとれるかなどを見極める必要がある。農地を借りる側には、どうやって作物が育つかなど最低限の知識がいる。数カ月から1年程度は市民農園に通ってみたり、自治体や大学が主催するセミナーなどを通じて学ぶのが良いだろう」
――今回の制度変更は、日本の農業にどのような変化をもたらすでしょうか。
「都市部でも地方でも、日本の農業の課題は担い手の確保だ。新たに農業を始める新規就農者は、家族経営の農家を継ぐ人が少なくなったことで全体としては減少傾向にある。ただし、農家以外の出身で新たに農業を始める人は若い世代を中心に増えている。こうした新規参入者にとっては、都市部で従来より高いステージの農業を目指せる可能性がある。たとえば農地の一部でレストランやカフェを営む。さらには少量の収穫物をインターネットなどを通じて取引する。新しい農業の形態が発展する可能性がある。企業でコミュニケーション・スキルなどを積んだ人が活躍できる余地は大きいだろう」
(高橋元気)
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