夜景を楽しみ、ネタに舌鼓 東京・お台場の船上すし店
東京湾に浮かぶ「海の上の店」で握りたてのすしを食べる、という新しいスタイルのレストランが今年8月オープンした。海外では、香港の老舗「ジャンボ・キングダム」や、モルディブの水中・水上空間を使ったレストランなど、「海の上で飲食する」ことを演出の一部にしている店は少なくない。それを東京・お台場でダイナミックに実現したのが「水上レストラン Suship(スシップ)」だ。
Sushipは屋形船や大型クルーズ船でのディナーなどと異なり、動く船の中ではなく、水上に停泊した船(施設)での飲食というコンセプトだ。
Sushipに行くには、事前予約が必要だ。ただし、予約は当日でも受け付ける。筆者は10月のある夕方にSushipを訪れた。予約時間少し前の17時50分までに、東京都中央区の勝閧橋前に同行メンバーと集合した。
隅田川に流れる勝閧橋のふもとに簡易船着き場がある。ここから筆者を含む予約客計10人で船に乗り込んだ。クルーからの指示で、出航前にライフジャケットを着用する。
この船は水上レストランに向かう渡し船(シャトル船)だ。屋形船の2倍以上の速度で走行するため、ライフジャケット着用が義務付けられているのだという。都心のレストランに行くのと同じ服装とヒール靴でライフジャケットを着ると、どこへ連れていかれるのだろう? と、本当は分かっていても何だか胸が高鳴ってくる。
シャトル船は結構なスピードで東京湾をぐるりと周回する。旧築地市場近くやレインボーブリッジの真下を通り、お台場までのクルーズだ。普段は新交通システムゆりかもめや首都高速道路から目にすることが多い景色を、湾の内側から見上げるのは新鮮だ。夜景がロマンチックな雰囲気を醸し出すこともあって、まるでニューヨークやシンガポールなど海外にいるような気分を味わえる。
約15分間の高速クルーズを終えて、ついに「水上レストラン Suship」に到着。船を乗り換えてライフジャケットと靴を脱ぎ、畳と椅子のある日本風の客間に上がる。いよいよSushipでの食事がスタートだ。
同店のメニューは握りたてのすしを含む「おまかせ」コースのみ。コースは全12品でSushipを運営するイーストヘブン代表、広瀬康年氏が厳選した北海道産の高級食材をふんだんに使用する。広瀬氏は北海道江別市出身。祖父・父ともにすし職人で、自身も和食素材の目利きには自信があるとのこと。
乾杯のお酒とともに、前菜の「北海道産珍味五選」(自家製のバラ筋子、刺し身用サーモン、ナマスの酢の物、カニ味噌かけ、自家製のイカの塩辛)をつまむ。筋子やナマスなど、鮮度の良い素材のコリコリした食感とうま味に、ほどよい塩加減でいきなり酒が進んでしまう。
生の海鮮を小皿でたっぷり堪能したのち、目の前でぐつぐつ煮立つ「富良野牛すき焼き」が提供され、さらに「毛蟹(ガニ)のお吸い物」「大トロと牡丹(ボタン)エビお造り」と、どんどんコースが進んでいく。素材の新鮮さと味わいはどれも素晴らしい。大トロは脂が上品。毛ガニやボタンエビは大ぶりで身がみっちりと詰まり、味も濃厚だった。あの品質のものは船上はもちろん、通常の懐石料理店でも、なかなか出合えないのではないか。
そして次に、目玉のすしが登場。握り8カン、巻きずし2種を含む計10種のすしを、別の船に設けた厨房(ちゅうぼう)で職人が握り、担当者がすぐに客船に持っていって提供する。握りたてのすしは当然おいしく、ネタのマグロやタイ、ブチっと強い弾力のイクラなどもこれまでの皿と同様、素材のよさが光る。特にウニは高級な北海道産の「塩水ウニ」を使用し、臭みやえぐみがまったくない。口の中でほろっとほどける酢めしとともに、甘くとろけるような味で非常においしかった。
広瀬氏は「良質な素材を、海の上でも作りたて・握りたてでお出ししたい」という強いこだわりを持ち、厨房専用の船を準備。客が飲食する船と厨房船を連結させて営業しているという。
屋形船との最も大きな違いは1カ所に停泊しているので、海上の景色を楽しみながら安定感があることだ。船酔いすることもないだろう。ドリンクはビールやチューハイ、カクテル、ワインなど注文できる。
最後に甘味と熱いお茶が出てきて、2時間半の水上レストラン滞在は終了。靴を履き、ライフジャケットを着込んで再びシャトル船へ乗り込む。
行きと同じ風景をまた高速で駆け抜けるのだが、今度はお腹が満たされ、アルコールも入った状態で海風を感じるので、非常に心地良かった。コース料理はそれなりに満足感のある量だが、全皿食べて船に乗っても、気分が悪くならない程度に収まるよう、考えているようだ。
美しい夜景を楽しんだ後、最初の勝閧橋に無事帰着した。東京湾高速クルーズと、Sushipでの飲食時間を合わせてぴったり合計3時間。陸に上がってふと我に帰る。都内で夕食1回分を楽しんだだけなのに、不思議な小旅行をしてきたかのようだ。
この非日常体験は、恋人同士ならお互いの気持ちが深まりそうだし、親しい友人や家族となら旅行気分を満喫できる。取引先の接待では大きなインパクトを残せるだろう。短い滞在中に日本料理と観光を同時に楽しみたいという、海外からのゲストにもぴったりだ。
Sushipはシャトルボートの往復送迎・料理・飲み放題すべて込みで1人12000円(飲み物別の場合は10000円、いずれも税別)。営業は夕方5時から。閉店(シャトルの最終便)は午前2時30分の乗船分まで。
広瀬氏は「船上の飲食店は完全予約制なので、店側にとっては食材の無駄が出ず、高級食材を使った料理を適切な価格で提供できます。船の送迎など特別感も含めて、お得に感じていただけるのではないでしょうか」と語る。今後はSushipを世界各地に運航させて、世界のどの海でも日本料理を楽しめるようにするのが夢だという。
東京に住んでいたり、通勤などで日々訪れていたりする人でも、海の上から見る東京湾の夜景と、新鮮なすしの味わいは非日常的だ。心のリフレッシュができるのではないだろうか。
(フードライター 浅野陽子)
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