マウスで実現「夢無し睡眠」 眠らないのは幸せか

日経ナショナル ジオグラフィック社

2018/11/27

このようなデータから、「人間にとって大事な睡眠は深いノンレム睡眠であって、レム睡眠は重要ではない」、「レム睡眠をおろそかにしても、寝始めの3時間に現れる深いノンレム睡眠を効率的にとれさえすれば大丈夫」などという話をネット上で散見するが、それは間違いである。脳への影響1つを取っても、レム睡眠は脳内の神経ネットワークの構築に深く関わり、記憶や学習、気分調節に大事な役割を果たしていることが分かっている。

健康な成人の典型的な睡眠の経過図。この例では0時に就床(消灯)して8時過ぎに起床している。深いノンレム睡眠(最もへこんだ部分)は睡眠の前半に主に出現し、レム睡眠は眠る時間が長くなるにつれて増える。(画像提供:三島和夫)

例えば、日中に獲得した記憶を長期間保持するための神経回路(樹状突起スパインやシナプス結合と呼ばれる)は睡眠中に増加するのだが、逆にすでに構築された神経回路がレム睡眠中に整理される「刈り込み(剪定)」と呼ばれる現象も見つかっており、効率的な記憶保持にレム睡眠が大きく貢献していると考えられている。

そもそも、人の脳にとって深いノンレム睡眠が主役で、レム睡眠が脇役という見方自体が見当違いである。確かに乳幼児期以降には深いノンレム睡眠が相対的に多いのだが、特殊な方法で測定すると胎児期は1日のほとんどを眠って過ごし、その睡眠の大部分はレム睡眠に類似した状態にあることが分かっている。脳の成長期にはシナプスの形成とともに刈り込みも大事で、その機能異常は自閉症など発達障害の原因になり得ると考える研究者もいる。こう考えると脳の発生と成長時期にはレム睡眠がむしろ看板役者なのかもしれない。

イラスト:三島由美子

2種類の睡眠は進化の結果

胎児期から新生児、乳幼児期のこのような睡眠構造の変化は、生物の個体が成長するときには進化の歴史が何度も現れるという反復説「個体発生は系統発生を繰り返す」の視点からも理解しやすい。レム睡眠、ノンレム睡眠のいずれが系統発生学的に古いか諸説あるが、レム睡眠の起源が最も古く、進化するに従ってノンレム睡眠、深いノンレム睡眠が順次登場したというレム睡眠起源説がもっとも有力である。人の睡眠は、この系統発生を模すように、受精から胎児期、出生、成長、老化の過程でレム睡眠とノンレム睡眠がそれぞれの役割を果たしているのだろう。

今回理化学研究所の研究グループが見いだした成果はレム睡眠の役割や調整法を解明する大きな一歩になることが期待される。長い自然淘汰に耐えて、現存生物でも生き残ってきたレム睡眠。いずれ科学技術の波に押されて「レムスリープレス」が誕生するのだろうか。夢があるような、ないような……。

三島和夫
秋田県生まれ。医学博士。秋田大学大学院医学系研究科精神科学講座 教授。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事など各種学会の理事や評議員のほか、睡眠障害に関する厚生労働省研究班の主任研究員などを務めている。『8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識』(川端裕人氏と共著、日経BP社)、『睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン』(編著、じほう)などの著書がある。

(日経ナショナル ジオグラフィック社)

[Webナショジオ 2018年9月13日付の記事を再構成]

ナショジオメルマガ
ナショジオメルマガ