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睡眠

マウスで実現「夢無し睡眠」 眠らないのは幸せか

日経ナショナル ジオグラフィック社

2018/11/27

ナショナルジオグラフィック日本版

人間は胎児のときはレム睡眠に近い状態にあるが、次第にノンレム睡眠が増えていく(写真はイメージ=PIXTA)

2018年8月、理化学研究所のグループが「夢を見る睡眠として知られているレム睡眠が出現しないマウス」の作成に成功したというニュースがあった。夢を見ないことが可能になると思った人もいるかもしれないが、早合点しないでほしい。そのために今回はレム睡眠と眠りの関係について書いてみたい。

◇  ◇  ◇

理化学研究所の発表を振り返ろう。彼らは最先端の遺伝子工学を駆使し、アセチルコリンという神経伝達物質の2種類の受容体をマウスの脳内で消失させたところ、睡眠量が減るだけではなく、レム睡眠がほとんど検出不可能なレベルにまで減少するマウスの作成に成功したという。

古くからアセチルコリンを抑える作用(抗コリン作用)のある薬物はレム睡眠を、ゼロではないが大きく減らすことが知られている。実際、強い抗コリン作用をもつ抗うつ薬は、悪夢やナルコレプシーの脱力発作などレム睡眠に関連した症状の治療薬として使われている。この研究はそのメカニズムの一端を解明したクリーンヒットと言えるだろう。

人気作家ナンシー・クレスが書いた『ベガーズ・イン・スペイン』というSF小説がある。ヒューゴー賞、ネビュラ賞などSF界では有名な賞を総なめにした傑作だが、この小説の舞台は近未来で、遺伝子操作の結果、睡眠を必要としないばかりか、高い知性と美しい容姿を持つ無眠人(スリープレス)が誕生したものの、徐々に周囲の嫉みや憎悪の対象になって社会的軋轢(あつれき)を生むことになる。

現代人は仕事が忙しいばかりではなく、やりたいことがたくさんあるのか、「快眠法」と同じかそれ以上に「眠らずに済む方法」に興味があるらしく、講演会でも短時間睡眠法の質問は必ずと言ってよいほどいただく。理化学研究所が出したプレスリリースのタイトル「レム睡眠に必須な遺伝子を発見」の副題は「―睡眠はどこまで削れるか―」で、ショートスリーパーを飛び越えてスリープレスが夢物語でなくなると興奮した人もいるかもしれない。

■人間にとって、レム睡眠は重要

ただし、事はそう簡単に運ばないだろう。遺伝子操作でレム睡眠が消失したことと、このマウスが元気で生きられるかは全くの別問題で、そこには深い谷が存在するからである。実際、これまで遺伝子操作で睡眠や生体リズムの機能を変化させた動物は胎児期に死亡したり、運良く生まれてきても老化が早かったり、生活習慣病やがんにかかりやすかったり、脳の発育が悪かったりと、さまざまな問題を抱え、一般的に短命であることが分かっている。

今回誕生したレム睡眠のないマウスもまさにレム睡眠とともに寿命まで削っている可能性がある。この研究グループも「初めてレム睡眠がなくなっても生きられる個体の存在を確認しました」と書いているのでよほど意外だったのだろう。今後レム睡眠の生理的な役割を探索すると含みを残している。いずれ、このレム睡眠のないマウスについても長期的な経過について報告されるだろうが、全く健康面に問題がないとすればそれこそホームラン級の発見である。

睡眠はレム睡眠とノンレム睡眠に分けられるが、鳥類や両生類などにもみられるレム睡眠に比較して、ノンレム睡眠、特に深いノンレム睡眠は大脳が発達した霊長類に特徴的な睡眠で、睡眠全体に占める割合も非常に大きい。脳が最も成長する乳幼児期には睡眠時間自体が長いが、とりわけ深いノンレム睡眠の比率が高く、睡眠の50%以上を占める。一方、レム睡眠はせいぜい30%程度である。1日24時間のうち1/4以上を深いノンレム睡眠状態で過ごすのである。

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