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日テレキャスター 40代の暗黒時代脱した自分メンテ

日経ウーマンオンライン

2018/11/19

「大きな壁を前に、心と体が弱ってしまったことがあります」と語る小西美穂さん
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日本テレビの報道番組「news every.」でキャスターを務める小西美穂さんは、目の前に立ちはだかる壁をこれまでいくつも乗り越えてきた。仕事とプライベートへの不安から40代で経験した、長くて暗いトンネルを抜け出した後も、小西さんの前には、新たな壁が現れる。乗り越える術が見つからないと、心や体は弱るもの。小西さん自身も、「心と体が弱っている」ことに気付き……。そんな状況をどう打破したのか、具体的に聞いた。

――40代に入って「キャリアのトンネル」を経験し、女友達との再会をきっかけに仕事以外の世界へと目線を広げることができたというお話を伺ったことがあります。その後、仕事にはどう向き合っていったのでしょうか?

2006年4月、36歳の時に夕方放送の「NEWS リアルタイム」のサブキャスターに選ばれ、4年間、いわゆる「キャリアのキラキラ期」に身を置かせてもらったんです。生放送のスタジオで月曜から金曜まで現場に行って取材してきたニュースを自分の言葉で伝えていました。今振り返っても華やかな時期でした。

しかし、2009年の6月9日のこと。その翌年3月に、番組が終了することが突如決まったんです。私以外の出演者は、夜の番組の担当になったり、政治部や社会部に呼ばれたりと、次々と行き先が決まっていきます。私だけギリギリまで行き先が告げられず、もやもやと焦りが募っていきました。

ようやく年度替わりの直前に言われたのが、「新年度から始まる新番組で、『企画取材キャスター』としてやっていってほしい」という辞令。新番組に継続して出演できるというと聞こえはいいかもしれませんが、「企画取材キャスター」とは、レギュラーではなく「いいテーマを見つけて自分で取材をして企画が採用されたら出てもらう」という不定期出演の立場になったことを意味します。

「企画取材キャスター」という肩書を素直に受け入れて、目の前の仕事に打ち込みました。東日本大震災が発生した直後にはヘリコプターに乗って、5時間もの間、被災地の状況を中継で伝えました。南三陸や石巻で被災した子どもたちの姿に焦点を当てた取材をし、特集企画を放送していきました。

2011年秋からは、昼ニュースの番組デスクをしながら、「ズームイン!! サタデー」に出演していましたが、翌年からはBS日テレで始まった「ニッポンの大疑問」の司会を任されることになったんです。気になる時事問題について、専門家を招いて、視聴者が知りたい疑問に答えていく番組を担当しました。30代の頃、悔し涙に耐えながら乗り越えた司会進行役への挑戦の経験が、「トンネルを抜ける道筋」になっていたのですから、仕事って面白いですね。でも、そこから先、私が「暗黒時代」と名付けている、さらに過酷なステージが待っていたのですが……。

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