かわいすぎは女性もダメ トコットはユニセックスな軽
ホンダN-BOXなど変わらず天井が高い「ハイト系」が人気の軽自動車だが、気になる変わり種がある。ダイハツ「ミラ トコット」だ。2018年6月に発売され、1カ月で受注は9000台、9月末までで1万3312台が売れている。
その開発テーマは今までありそうでなかった等身大の女性らしさ。いわば「かわいすぎない軽」。記事「ミラ トコット かわいすぎない軽は売れるか?」での試乗に続き、開発の狙いと苦労を、ダイハツ商品企画室の西山枝里氏とデザイン部第2デザイン室の平井伸明氏に聞いた。
乗ってる私もかわいくないといけない?
小沢コージ(以下、小沢) 正直に言いますと、このクルマを見た時に「なんだコレ?」と思ったんです。一体どこを狙っているのかと。ネーミングにしろCMにしろ、間違いなく女性狙いのキュート系ですよね。でも、どこかかわいくない。ライトは丸くないし、バンパーなんかロボットのクチみたいじゃないですか。かわいくなりきってないというか、中途ハンパな感じが。
西山枝里氏(以下、西山) なるほど。その御意見はある意味狙い通りかもしれません(笑)。というのも私自身、今まで軽自動車の開発をしてきて、もうそろそろこういうのもいいのかなと。実際、王道のかわいい系である「ミラ ココア」のお客さまに聞くと「乗ってる私もかわいくないといけない」とか「疲れる」などと結構言われるので。
小沢 それホントですか? 今はそういう時代なんですか?
西山 もちろん今もココアのように、丸目でピンクといった思いっきりど真ん中の商品も売れていますが、そうではない、もっと自分にとってちょうどいい軽があるんじゃないかと。
小沢 それは現代女性は疲れているってことですかね? ネイルにしろメイクにしろ「常にかわいくなければいけない」というプレッシャーであり、みんながみんな石原さとみじゃないんだから……みたいな強迫観念が。
西山 そこはあるかもしれません。今回のテーマは「肩ひじ張らない自分らしさ」「運転しやすさ」「使いやすさ」ですから。
小沢 ちなみに車名のトコットってどういう意味ですか?
西山 「ナニナニしとこっと」みたいに気楽に自分らしさに向かっていく感じ(笑)。TOCOTと、前からでも後ろでも読める山本山みたいな名前でもあります。
小沢 結構ノリなんですね(笑)。
西山 いまだに「ココットですか?」とか言われたりしますし、多少無理やり感はありますが、こういうユニークさを大事にしたいと。
女性誌がメンズアイテムを取り入れる時代だから
小沢 西山さんご自身は今回、どういうふうに開発に関わったんですか?
西山 最初の企画のときに、私も含めて技術者や関係者に何人か女性がいたものですから、今の女の人が求めるものは何だろうと、数人で集まって話をまとめました。
小沢 きっかけづくりであり、いわば影のチーフエンジニアですね(笑)。しかしやっぱり女性が求めるものが変化しているという実感があったんですかね?
西山 女性誌を見ても愛され系の女性たちが一世を風靡したのは10年くらい前の話ですし、今は自然体の女性が人気ですから。
小沢 「CanCam」(小学館)でエビちゃん(蛯原友里)やもえちゃん(押切もえ)が表紙を飾りまくっていたのはもう10年前なんですね。もはや愛され系の時代じゃなく、いうなれば「リンネル」(宝島社)とか、自然体がいいと。
西山 愛され系もいるにはいるのですが、異性同性関係なく、今の女性誌はメンズアイテムを取り入れたりしていますし、時代は変わってます。
小沢 草食男子じゃないけど、女性も同じくも性別が抜きになっていると。ユニセクシュアルなカルチャーが進んでいる。
平井伸明氏(以下、平井) 「誰かにかわいく見られたい」というよりは、「自分らしさ」という方向に変わってきているんじゃないでしょうか。
小沢 とはいえ、ナチュラル指向って昔からありましたよね。1980年代の浅野温子さんじゃないけど「かわいいけどこびていない」みたいな。なぜ今さら、ここでなんでしょう。こびない女みたいな動きは常にあって、今はそれがメインに来たということなんですかね。
西山 我々はそう考えています。発端は先ほども申し上げたように、「今の女性が求めるものは何だろう」というところから。今やけっこうなんでもユニセックスなデザインだったりしますので。CMでも分かりやすく、ちびまる子ちゃん役に吉岡里帆さんを起用しています。
小沢 かわいすぎないところがいいんですかね。
西山 かわいすぎてもダメですし、かわいくなくてもでもダメという(笑)。
微妙なオンナ心を開発に生かす
小沢 そういう意味では今回のデザイン、難しくなかったですか。「イギリス車のミニみたいなものを造れ!」といえば簡単じゃないですか。メッキグリルにして、ライトを丸目にすればいいみたいに。でも、今回のミラ トコットはそのサジ加減が難しい。なにもやらないと普通の軽になっちゃうし。
平井 おっしゃるように「とがらせる」のは簡単なんですよ。社内でも「本当にこれでもいいのか」と、結論がなかなか出ませんでした。
西山 出てきたデザイン案の中で、これが良かったから残ったわけですけど、その後もいろいろ修正しています。具体的にどこのデザインというより、全体的にみて「印象に残らない」とか「何か違う」という。
平井 そのサジ加減がなかなか(笑)。
西山 「何か違う」と言うと、男性陣から「なんでなん?」とロジカルに説明しろとか言われたり。
小沢 微妙なオンナ心ですね。それは難しい。かわいすぎてもダメ、かわいくなくてもダメという。
西山 ずいぶん頑張ってもらったと思います。
小沢 ただ、僕が思ったのが、これは普通のオヤジには分からないだろうなと。普通のオヤジって「女の子はかわいいものが好きだろう」と思っている節があるし、オヤジになればなるほど、若い女性の価値観の変化には無頓着じゃないですか。もちろん、女性誌は見ないでしょうし。
西山 もしかしたら「女性らしさ」という定義自体、今はだんだんなくなってきているのかなとも思います。「女を捨てている」というのではなく、「ニュートラルでユニセックスな自分らしさ」という言葉にそれが置き換わっているのかなと。
自動車からスクーターから時計まで斬るバラエティー自動車ジャーナリスト。連載は日経トレンディネット「ビューティフルカー」のほか、『ベストカー』『時計Begin』『MonoMax』『夕刊フジ』『週刊プレイボーイ』、不定期で『carview!』『VividCar』などに寄稿。著書に『クルマ界のすごい12人』(新潮新書)『車の運転が怖い人のためのドライブ上達読本』(宝島社)など。愛車はロールスロイス・コーニッシュクーペ、シティ・カブリオレなど。
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