
約25万年前に現在のフランス南部にあたる場所で暮らしていたネアンデルタール人の幼年期の様子が、かつてないほど詳しく描きだされた。2018年10月31日付けの科学誌「Science Advances」で発表された論文において、彼らが環境に対応するために、多くの難題に直面していたことが明らかになった。ネアンデルタール人たちは、厳しい冬や鉛汚染を経験し、季節ごとに様々な資源に依存した生活を送っていたようだ。
「今回の論文は、今まで読んできたものの中でも、特に興味深いものでした。率直に言って、驚きのあまり何度も口をあんぐりと開けてしまいました」と、米ロヨラ大学の古人類学者で、古代の歯に詳しいクリスティン・クルーガー氏は電子メールで述べた。
まるで日記
オーストラリア、グリフィス大学の自然人類学者であるターニャ・スミス氏は今回の論文の筆頭著者で、最近『The Tales Teeth Tell(歯が話す話)』という本も出版した。
今回の研究で、スミス氏らの研究チームは、異なるネアンデルタール人の子供の歯を2本調査した。さらに、ネアンデルタール人の時代より何万年も後である、約5000年前に同じ場所で生活していた現生人類の歯も調べ、比較した。
歯は一定のパターンに従って成長するため、ある意味、木の年輪のようだ。スミス氏は、「この層は、単純に1つずつ積み重なってゆきます」と説明する。だが、1年ごとにできる木の年輪と違って、歯の層は1日ごとにも形成される。幼い子供のころに、日々どのように歯が成長したのかまで調べられるのだ。
歯をレーザーで薄く切りとりながら、研究チームは高性能の分析装置を使い、それぞれの層における子供の年齢を厳密に特定した。分析対象となった2つの臼歯は、成長しきるまで3年ほどかかっていた。スミス氏によれば、そのうちの1つは、生まれる直前に形成され始め、3歳を迎えるころに完成したという。しかし、この臼歯はほとんどすり減っていなかったことから、歯の持ち主は大人にはなれなかったものと考えられる。
もう1本の歯は、もう少しあとになってから成長を始める第二臼歯だった。こちらは3歳を迎えたころに形成され始め、6歳ごろまで成長し続けたようだ。それ以降は、新しい層が追加されないものの、すり減ったり傷ついたりはするので、そこからも多くの情報を得ることができる。
何をして鉛に触れたのか
研究チームはさらに分析を進め、歯に含まれる元素の割合や酸素同位体の比率を導き出した。酸素同位体の比率を調べれば、当時の気候を読み解ける。古代人が食べたり飲んだりしたものには酸素同位体が含まれており、その比率が温度によって変化するため、気温についての記録が残るというわけだ。おかげで今回の研究では、週単位の気候まで明らかになった。
この記録から、多くの哺乳類と同じように、歯の持ち主は春に生まれていたことがわかった。しかし、真冬には、どちらのネアンデルタール人の子供にも微妙な構造の乱れが起きていた。これは、ストレスがかかっていたことを示している。「さまざまな事象によって、歯の成長は微妙に変化します」とスミス氏は言う。しかし、この乱れはいずれも冬に起きていた。寒さのせいで発熱やビタミン不足、病気などに陥っていたのかもしれない。