おじさんも夢中「飾り巻きずし」 そのトキメキに迫る
「飾り巻きずし」と聞けば、およそ想像はつくだろう。
恵方巻き、太巻き、かっぱ巻きなど、あまたの巻き物のうち、断面がインスタ映えする、カラフルで図柄もユニークな巻きずしだ。「デコ巻き」というのもある。料理好きには「何を今さら」と叱られそうだが、単身赴任歴が長く、自炊も簡単なキャンプ料理程度でお茶を濁してきたアラ還オヤジには、新鮮な響きがある。
この名称自体は現在、川澄飾り巻き寿司協会(http://kazarisushi.jp/)の会長を務める横浜市のすし職人、川澄健さんが1995年、断面に絵柄が出て来る巻きずしなどを中心としたすしの本を初出版した際に考案したと言われる。川澄さんはテレビ東京の人気番組「TVチャンピオン全国すし職人にぎり技選手権」で何度も優勝するなど、メディアへの露出度は抜群のようだ。
筆者が飾り巻きずしを知ったきっかけは、今年4月、東京・神楽坂で開かれた「角打ち」イベントで、主催者から厨房に立つ清楚(せいそ)なアラフォー女性を紹介されたことだ。この日は江戸東京野菜を素材にした弁当をさかなに、日本酒を楽しむ趣向。カウンターの向こうで手際よく調理する八幡名子さんは、聞けば江戸東京野菜コンシェルジュであると同時に、2018年度巻寿司大使、JSIA(Japan Sushi Instructors Association)認定飾り巻き寿司1級インストラクターでもあった。
「うーむ。ただ者ではない」とうなる一方、随分と食まみれの肩書を持つ人だなあ、と妙に感心した。本職は映像制作・編集者なのに。閉店間際、「飾り巻きずし教室もやっているので、参加しませんか?」と八幡さん。「あ、はい」。もちろん行くしかあるまい。
すしには特別な思い入れがある。新聞記者として各地へ赴く度、至福の名物ずしを味わってきた。忘れられないのは2000年代の静岡支局時代、「ちびまる子ちゃん」の舞台でもある静岡市清水区の「清水すしミュージアム」に通い、名誉館長で『すしの歴史を訪ねる』(岩波新書)などの著書があるすし文化研究家、日比野光敏氏を囲んだ勉強会に参加したこと。
日比野氏は巻きずしのルーツは、江戸・大阪の豪商が幅をきかせた1770年代と推定。当時、握りずしは屋台でも売られる庶民のファストフードだったが、粋人がすし職人に変わったすしを考案させて巻きずしが誕生したのでは、と見る。著書でも、「巻きずしのなかでもっとも技巧に走ったのは『細工ずし』であろう」「すし屋の専売と思いきや、千葉県山武地方では家庭料理として慣行されている」などと記している。
前置きが長くなったが、百聞は一見にしかず。八幡名子さんをナビゲーターに飾り巻きずしの世界をのぞいてみよう。
11月1日の昼。東京都八王子市内のマンションに、名子さんの2人の友人にお越しいただき、「教室」を開催してもらった。この日のお題は「雪だるま巻き」だ。まずはウオーミングアップで、ポリエチレン製の手袋をはめ、巻きすを使って「太巻き」を作ってみる。
テーブルの上には、1センチ四方の目盛りが入った方眼紙状のプラスチック製まな板が敷かれ、巻きすの底辺を基準に全型(横19センチ×縦21センチ)のノリを置く。つやつや光沢のある方がノリの表面だから、表面を下に敷く形となる。
続いて、このノリの上部に指2~3本分ほどの「のりしろ」を残し、約200グラムの白いすし飯をまんべんなく広げていく。表面が水平になるよう隙間なくコメ粒を押し込む作業も結構、忍耐強さが必要だ。
次に具の配置である。(1)キュウリの細切り2本分(2)カニカマ(3)おぼろ(4)かんぴょう(5)棒状に切った卵焼き――をすし飯の中央部にまとめて乗せる。
佳境はこれからだ。巻きすを手前から先端に向かって、具をすし飯で包み込むべく押さえながら巻き、さらに手前へ引き寄せる感じでぎゅっと締める。最後にのりしろにコメ粒を付けてノリを張り付ければ、太巻き本体の完成である。
意外と侮れないのが巻きずしのカット。「万能包丁や柳包丁を使う人もいますが、私は大きめのぺティナイフを愛用しています」(名子さん)。太巻きは8等分するが、1回カットするごとにぬれた布巾で丁寧に拭う。これが断面をきれいに仕上げるための要諦だ。息をのむ瞬間である。断面をのぞき込むTさんとIさんの頭が時々ぶつかり、「あ、ごめんなさい」と笑う姿がほほ笑ましい。
続いて本命の「雪だるま巻き」へ突入。ただ、もらったレシピを眺めても、何だかややこしくて、完成形が思い浮かばない。
最初の作業は雪だるまの頭づくりだ。全型のノリを横に半分ずつに切断し、さらにそれを縦に4分の3ほどに切り分ける。ノリの中央部に、円柱にした白いすし飯70グラムを乗せ、塩を振ったニンジン(最終的には鼻になる)を埋め込み、巻きすで巻いた後、何度もコロコロ転がして丸く形を整える。
次に雪だるまの胴体部分。残った半分のノリの中央に、円柱のすし飯80グラムを乗せ、手に見立てたオクラやミニウインナーソーセージを埋め込み、巻いていく。
最大の難関は組み立てだ。雪だるまの背景用のすし飯200グラムをボウルに入れ、お好みでピンクならおぼろ、ブルーならアイスキャンデー「ガリガリ君」にも使われる海草原料素材「スピルリナ」を添えて混ぜ込んでいく。
仕上げ用のノリは、全型のノリを横に半分に切ったものと、さらにその下半分のノリをコメ粒でくっつけて大きなノリを作る。まずは色付きの背景用すし飯50グラムをノリの中央部に5センチ幅に広げ、帽子用のキュウリを埋め込む。その上に頭を置き、次に胴を乗せ、バランスが崩れぬよう、頭と胴の隙間をすし飯で埋めてくっつける。この時点では雪だるまが逆さの状態だ。
そして雪だるまを覆うように、アズキ(雪用)をまぶしながら、背景用の色付きすし飯を足して包んでいき、大きなノリを巻いて巻きすで形を整える。それを4等分にカットした後、目や口となる部分に包丁で細かく刻んだノリやゴマ、ウインナーの薄皮などをピンセットで配置する。アズキは半分にカットし、白い雪に見えるように埋め込む。いやはや、何たる細やかさだろうか。
作り終えた後の試食会では、米国駐在経験のあるTさんが「ホームパーティーにはすしがいいと思い、巻きずしを出したら、米国人はノリの黒が苦手なんですよ」。Iさんは「だからカリフォルニアロールのようにノリが表に出ないすしができたりね」と、すし談議に花が咲いた。
残念ながら今回は参加できなかったが、7月末には千葉県いすみ市の古民家で、「いすみ市のシンボルを巻こう!」と題した飾り巻き教室も実施。「いすみ鉄道巻き」と「タコ巻き」が完成すると、参加した飲食店関係者や主婦などの歓声で沸いたそうだ。
最後に告白しよう。実は酷暑の8月下旬、東京・神田のなじみの飲食店で「かき氷巻き」「スイカ巻き」の飾り巻きずし教室に初めて参加した。私にはノリの表裏も分からず、すし飯の広げ方も粗雑。おまけにレシピを見ても「??」と頭が混乱し、周囲の参加者の様子を横目で観察し、しつこく質問を繰り返すなどで敗北感に打ちのめされていた。
確かに出来はイマイチだった。だが、プラスチック保存容器で持ち帰った拙作を知人らに見せると、「えーっ、ホントに自分で作ったの?」と驚かれた。早速それをさかなに日本酒を飲み始めると、いつしか勝利の美酒に化け、野心にボッと火が付いたことも付け加えておこうか。
(ジャーナリスト 嶋沢裕志)
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