「70歳まで就業」 シニアの意欲と組織若返りどう両立
政府は70歳までの雇用機会拡大の検討を始めました。働き手不足を補うとともに社会保障の担い手を増やす狙いです。確かに元気なシニアは増えていますが、年配者がいつまでも職場で実権を握っていると組織の若返りが滞ります。特に難しいのが処遇です。管理職を続けてもらうか、後輩に譲ってもらうか。世代間闘争にもなりかねない難題に企業も悩んでいます。
「高齢者の希望・特性に応じて、多様な選択肢を許容する方向で検討したい」。安倍晋三首相は10月22日、政府の未来投資会議でこう発言し、70歳までの就業機会の確保を図りたいと表明しました。現在企業は社員を65歳まで継続雇用する義務を負っています。この法制度を改定し、70歳まで働き続けられる道筋を企業に求める方針です。シニアの雇用機会が広がれば、人口減少が深刻な日本の人手不足解消に役立ちます。
経団連の2015年の調査では、企業の45%が役職定年制を導入しています。これは定年前に管理職から退いてもらう仕組み。狙いは組織の若返りです。半面、役職定年をきっかけにモチベーションが一気に下がったという事例もよく聞きます。組織の若返りか、シニアのやる気か。入社時の想定よりも長く働くことになる"居残りシニア"の処遇は先進企業の間でも対応が割れています。
太陽生命保険は17年4月に定年を60歳から65歳に引き上げました。同時にそれまで57歳で管理職ポストを返上していた役職定年を廃止しました。「年齢に関係なく実力ある人に活躍してほしい」(広報部)という狙いです。同じく17年4月に定年を65歳に延長したホンダは逆に役職定年を新設しました。「後進指導がシニアの役割だと意識付けたい」(広報部)
「シニアと若年層の世代間闘争は多くの企業で発生している」。シニアの再雇用支援を手掛けるリクルート次世代事業開発室の宇佐川邦子氏は指摘します。根本的な原因は年功序列的な評価が今も日本企業で根強いから。「年齢にかかわらず業務成果を正当に評価し、応分の役職に就いたり報酬がもらえたりする評価体系ならば世代間の不平不満は防げます」
生涯現役社会を目指すには評価体系の見直しは重要です。ただ根本的な見直しは現役世代にも影響するので時間がかかります。宇佐川氏は「勤務先では実力が過大に評価されがちだということを自覚することが大切です。定年間際に転職して同じポスト、同じ報酬が得られるシニアは多くありません。職場では一歩引いた謙虚な気持ちを持つことが長く幸せに働くには重要です」と助言しています。
リクルート次世代事業開発室の宇佐川邦子氏「企業側がシニアに求めているのは『かわいらしさ』」
リクルートはシニアの知力、体力、特性を客観的に測る「からだ測定」を2017年夏に開発しました。生涯現役社会の到来に向けて、企業やシニア本人が働く実力を客観的に知る機会を提供する目的です。開発を主導した同社次世代事業開発室の宇佐川邦子氏にシニアが末永く働くための心得を聞きました。
――「からだ測定」とはどのようなものですか。
「簡単な体力測定や性格診断、知能テストなどを約30分で実施し、同年代の中でその人自身がどのくらいに位置するのかを知ってもらいます。特徴的なのは性格診断を基にした特性判断です。課題への取り組み姿勢、対人能力、感情の起伏を軸に8つのタイプに分けます。これら客観的な診断結果に基づき、どんな仕事、どんな役割が向いているかも助言が可能です」
「高齢社会を迎えて60歳以上の就業率は高くなっています。定年延長や再雇用などで長年勤めた会社にそのまま勤め続ける事例も広がっています。ただ、新卒採用から長く同じ会社に勤めていると、自分の働く実力がどの程度なのかを客観的に知る機会がありません。現状は年齢で一律に判断されがちですが、たとえ同年齢であっても知力や体力などは千差万別です。そこで高齢期を迎えるにあたり、一度客観的に自分自身を棚卸しする機会を提供したいと考えました」
――人手不足が深刻です。企業はシニアに期待しているのですか。
「『からだ測定』は昨年夏の正式発表まで開発に約2年半かけました。その間、約1000人のシニアに試行してもらったほか、シニア社員に何を求めるかを企業に聞き取り調査しました。人手不足といいながら、企業の多くは本音ではシニア社員を外に出したいと思っています」
「一番の理由は扱いにくさです。技能職なら能力が明確なので継続雇用するメリットが企業にも見えやすい。ただ、ホワイトカラーなどは難しい。特に管理職経験者は指示する側だった意識が抜けず、立場や役割が変わっても、つい年下の社員に偉そうに接し、煙たがられがちです。定年延長や継続雇用を成功させるにはシニア社員の意識改革が重要だと実感しました」
「同じ社員であっても、企業が若手に求める役割とシニアに求める役割は違います。『からだ測定』の特性判断では、企業のそんな意向を盛り込んでいます。例えば性格診断で仕事への熱意や人に教えるのが好きか否かを見ています。熱意を持って後輩を指導する社員は若手なら評価されますが、シニアが職場で熱く後輩を指導しすぎると周囲は萎縮するため企業は好みません。むしろ人から教わる姿勢を持つシニアを企業は評価しています」
――シニア社員と若手社員が共存するにはそれぞれ何を心掛ければよいのでしょうか。
「企業側がシニアに求めているのは、周囲に溶け込める『かわいらしさ』です。自分の強みばかりを前面に出さず、できないことはできなくてよいから若手の教えを請う姿勢が好まれます。スキル以上に企業はこの『かわいらしさ』をシニアに求めていました」
「若手もシニアを煙たがらずに共に働いていく意識が欠かせないと思います。確かにシニア社員が職場に残り、ポストを譲らなかったり高収入をもらい続けていたりしたら、おもしろくないかもしれません。ただ日本は人口減少を解決できず、今後深刻な人手不足社会になります。シニアの手をうまく借りられなければ自分たち世代の負担が重くなることを忘れてはいけません。シニアを尊重する意識を若手も持つべきです」
(編集委員 石塚由紀夫)
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