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マセソンさんのパラフレーズ

30年ぶりに走った夫 息子と一緒、義足で夢かなえる マセソン美季さんのパラフレーズ

2018/11/12 日本経済新聞 朝刊

オットーボック・ジャパンのランニングクリニックでは、スポーツ義足によるランニングを経験できる(18年10月、同社提供)

「僕たち、さらに強くなったし、もっといい家族になったね」と10歳の次男が言った。夫は「世界一になった表彰台の上でも味わったことのない、満たされた感情だった」と振り返る。

この日、初めて夫と息子たちが一緒にジョギングをした。先月末、義足メーカーのオットーボック・ジャパンが主催のランニングクリニックに参加した時のことだ。父親と一緒に走り、家族の絆が一層深まったと息子たちは口々に言った。

夫は骨肉腫のため、14歳で足を切断してから30年以上、義足を使う。パラリンピックにはアイススレッジホッケー(現パラアイスホッケー)で強豪カナダ代表として5回出場。全ての色のメダルを獲得した元アスリートだが、義足をつけた状態でスポーツをした経験はない。

「息子たちと一緒に走ってみたい」という思いと、「本当に走れるようになるのか」という不安を胸に家族で来日し、クリニックを受けた。講師はドイツのハインリッヒ・ポポフさんと日本の山本篤選手。陸上のパラリンピックメダリストたちだ。

3日間のクリニック初日、夫は初めてスポーツ用義足を着けた。日常用の義足とは感覚が全く違うらしい。しかも、長期間の義足生活で、義足側の足をかばうように歩く癖がついていた。「両方の足に均等に体重をかけ、リズムよく足を動かすんだ」。ポポフさんから言われたことを頭では理解できても、長年の癖が邪魔をする。義足を信頼して体重を預けられず、自然に腕を振ることすら難しい。

コーチ陣は時に優しく、時に叱咤(しった)しながら、参加者それぞれに伝わる言葉を選び、寄り添ってくれた。おかげで最終日、夫も風を切って走った。三十数年ぶりに走る喜びをかみしめた。

障害のある人たちのスポーツ実施率は、健常者に比べ顕著に低い。場所がない、用具がない、指導者がいない。加えて、危ない、難しいという固定観念も邪魔をする。でもポポフさんや山本選手のように、「一緒にやってみよう」と気軽に言ってくれる人が身近に増えるといい。夫が手にした喜びを、多くの人に味わってもらいたい。

マセソン美季
1973年生まれ。大学1年時に交通事故で車いす生活に。98年長野パラリンピックのアイススレッジ・スピードレースで金メダル3個、銀メダル1個を獲得。カナダのアイススレッジホッケー選手と結婚し、カナダ在住。2016年から日本財団パラリンピックサポートセンター勤務。

[日本経済新聞朝刊2018年11月8日付]

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