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核ミサイル発射の手順実演 冷戦時代の基地が博物館に

日経ナショナル ジオグラフィック社

2018/11/11

ナショナルジオグラフィック日本版

つるされたままになっているのは、有害なジェット燃料からタイタンIIミサイルの技術者を守る防護服だ(PHOTOGRAPH BY ADAM REYNOLDS)

中距離核戦力全廃条約の破棄の意向を米大統領が示すなど、新たな核兵器開発競争が懸念されている。そんな中、冷戦の象徴であった核ミサイル発射基地の中には役目を終え、博物館へと変わったものがある。写真家アダム・レイノルズの写真とともに現在の様子を見てみよう。

◇  ◇  ◇

ドキュメンタリー写真家のアダム・レイノルズ氏は、2年かけてタイタン博物館とミニットマン・ミサイル国立史跡の写真を撮影した。どちらも、かつての核ミサイル発射基地だが、冷戦の最前線に漂っていた緊迫感を想像するのは難しい。

米国アリゾナ州ツーソンにあるタイタン・ミサイル博物館の館長を務めるイボン・モリス氏は、1980年代、ミサイル戦闘部隊長として、この基地に任務に就き、命令がいつ下ってもいいように準備をしていた。現在のモリス氏は、観光客を相手に、発射までの手順を演じて見せている。ミサイル発射という重大指令の正当性を確認し、保管箱から発射コードを取り出し、副隊長と2人同時に鍵を回す。こうしたプロセスを経て、7階建てビルに匹敵する高さの核弾頭を乗せた大陸間弾道ミサイル「タイタンII」が発射されるのだ。

サウスダコタ州ミニットマン・ミサイル国立史跡の防護扉に、兵士の士気を高めるために描かれた絵。「世界中どこでも30分以内にお届け。間に合わなかったら次回のご注文は無料」。扉の向こうが発射管制室。任務の重大さから、この部屋に1人だけで入ることは許されなかった(PHOTOGRAPH BY ADAM REYNOLDS)

これまで、世界は何度か核戦争の危機に直面した。世界情勢は再び緊張し、今は使われなくなった核施設が観光客に公開されたこともあって、再び核施設への関心が高まっている。

■地下の最前線

地上からは、ミサイル本体はほとんど見えない。見えるのは、アンテナに有刺鉄線のフェンス、小さな発射ダクトのドアだけだ。

「遠くからだと、目立つ特徴はありません」。こう語るのは、サウスダコタ州にあるミニットマン・ミサイル国立史跡の館長エリック・レナード氏だ。

アリゾナ州タイタンミサイル博物館の地下発射管制室。副隊長の椅子のそばには二重に施錠された赤い箱が置かれ、その中に発射キーが保管されている。「個人の感情とは関係なく、この任務は遂行されていたのです」と、モリス氏は話す(PHOTOGRAPH BY ADAM REYNOLDS)

1960年代、米国空軍は1000基のミニットマン・ミサイルを米中西部のグレートプレーンズと呼ばれる地帯に配備。各ミサイルには、1メガトンをわずかに上回る核弾頭が積まれていた。主に南西部に配備されたタイタン・ミサイルの数は54基のみだったが、こちらは9メガトンの核弾頭を積んでいた。これ一つで、ハワイのマウイ島よりも広い範囲が一瞬で消える威力をもつ。

「核兵器の不条理な側面は、強力な武器を作るほど、それを持ち、使う用意があるという事実そのものが敵国へ対する抑止力となって、相手は攻撃を仕掛けてこないということです」とレナード氏。

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