核ミサイル発射の手順実演 冷戦時代の基地が博物館に
中距離核戦力全廃条約の破棄の意向を米大統領が示すなど、新たな核兵器開発競争が懸念されている。そんな中、冷戦の象徴であった核ミサイル発射基地の中には役目を終え、博物館へと変わったものがある。写真家アダム・レイノルズの写真とともに現在の様子を見てみよう。
◇ ◇ ◇
ドキュメンタリー写真家のアダム・レイノルズ氏は、2年かけてタイタン博物館とミニットマン・ミサイル国立史跡の写真を撮影した。どちらも、かつての核ミサイル発射基地だが、冷戦の最前線に漂っていた緊迫感を想像するのは難しい。
米国アリゾナ州ツーソンにあるタイタン・ミサイル博物館の館長を務めるイボン・モリス氏は、1980年代、ミサイル戦闘部隊長として、この基地に任務に就き、命令がいつ下ってもいいように準備をしていた。現在のモリス氏は、観光客を相手に、発射までの手順を演じて見せている。ミサイル発射という重大指令の正当性を確認し、保管箱から発射コードを取り出し、副隊長と2人同時に鍵を回す。こうしたプロセスを経て、7階建てビルに匹敵する高さの核弾頭を乗せた大陸間弾道ミサイル「タイタンII」が発射されるのだ。
これまで、世界は何度か核戦争の危機に直面した。世界情勢は再び緊張し、今は使われなくなった核施設が観光客に公開されたこともあって、再び核施設への関心が高まっている。
地下の最前線
地上からは、ミサイル本体はほとんど見えない。見えるのは、アンテナに有刺鉄線のフェンス、小さな発射ダクトのドアだけだ。
「遠くからだと、目立つ特徴はありません」。こう語るのは、サウスダコタ州にあるミニットマン・ミサイル国立史跡の館長エリック・レナード氏だ。
1960年代、米国空軍は1000基のミニットマン・ミサイルを米中西部のグレートプレーンズと呼ばれる地帯に配備。各ミサイルには、1メガトンをわずかに上回る核弾頭が積まれていた。主に南西部に配備されたタイタン・ミサイルの数は54基のみだったが、こちらは9メガトンの核弾頭を積んでいた。これ一つで、ハワイのマウイ島よりも広い範囲が一瞬で消える威力をもつ。
「核兵器の不条理な側面は、強力な武器を作るほど、それを持ち、使う用意があるという事実そのものが敵国へ対する抑止力となって、相手は攻撃を仕掛けてこないということです」とレナード氏。
片方が核を使えば、自身も核攻撃の報復を受けるというこの「相互確証破壊」の戦略は、核武装化した世界ですっかり定着してしまった。「核によって敵国と対等に向き合い、お互い戦争を起こさないと確約できるようになったのです」。モリス氏は、1980年から1984年まで、アリゾナ州ツーソン一帯の18のタイタン格納庫で、24時間の警戒任務にあたっていた。
発射命令をいつ受けても数分以内に核ミサイルを発射できるよう、部隊は24時間交代で発射管制室の警戒任務に就いた。任務の交代の際には、本人確認を何度も行ってから室内に入り、発射コードが収められている保管箱に自分専用の鍵をかける。勤務中は長い時間かけてミサイルの全計測器、ライト、ポンプ、ファン、ベルトを隅から隅まで入念に点検する。
冷戦時、タイタン基地もミニットマン基地も、発射管制室に1人で立ち入ることは許されなかった。核兵器の破壊力は絶大だ。核ミサイルの発射ボタンを押す責任はあまりに重く、1人の将校に委ねるわけにはいかない。そのため、隊長と副隊長は常に行動を共にしていたという。
たまたま立ち寄る観光客も
現在、米国で一般公開を目的に保存されている大陸間弾道ミサイルは、タイタン博物館とミニットマン国立史跡に残る2基だけだ。
冷戦時代のミサイル基地を保存すべきだという声は多く、タイタン・ミサイル博物館は冷戦が終わる前に公開され、ミニットマン・ミサイル国立史跡も建造から50年も経たずに史跡として指定された。2011年以降ミニットマン史跡の来館者数は2倍以上増加。2017年には14万4000人が訪れ、地元経済に1000万ドル(約11億円)の収入をもたらした。夏休みは特に混雑が予想されるため数カ月前から予約でいっぱいだ。また、近くの国立公園に来たついでに立ち寄る訪問者も多い。
「意外ですが、よく聞かれるのは、『今でも核ミサイルなんてあるんですか?』という質問です」。米国にはまだ大量の核ミサイルが存在する。保有しているミサイルの数はおよそ6800基、そのうちおよそ1800基が配備されている。大陸間弾道ミサイルは400基ほどで、ほぼすべてが、大統領の命令が出されてから5分以内に発射できる態勢になっている。
施設を撮影した写真家アダム・レイノルズは「核拡散がますます問題になっている今、過去を振り返ってみると『ああ、昔はなんと単純だったのだろう。敵か味方かの2カ国しかなかった』と思ってしまいます」
モリス氏は言う。「訪れた人に、核兵器とは何か、それで何ができるのか、その維持と運営にどれだけ膨大な経費がかかっているのか、そして何が必要であるかといったことを理解してもらいたいと考えています。米国の核兵器は将来どうあるべきかを判断する一助になればと願います」。「核兵器のことを知るなら、本を読めば知識は得られます。でも、実際に大陸間弾道ミサイルを目の前にしたときに受ける衝撃は、それ以上だと思うのです」とモリス氏は続けた。
次ページでも、博物館となって公開された冷戦時のミサイル基地の写真を紹介する。
(文 Rachel Brown、写真 Adam Reynolds、訳 ルーバー荒井ハンナ、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック 2018年10月18日付記事を再構成]
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。