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どんな立派な商品も開発しただけでは売れていかない。日本初のシワ改善薬用化粧品「ポーラ リンクルショット メディカル セラム」で、その販売戦略を担った一人が、リンクルショットのプロモーションを担当したポーラ商品企画部の山口裕絵執行役員だ。続いて参入した資生堂と合わせて、2017年の1年間で推定約230億円という「シワ改善市場」を創出するまでに広がった背後には、山口氏が仕掛けた「ハートに火をつける」作戦があった。

記者発表会の異様な熱気

「ポーラ リンクルショット メディカル セラム」の発売2カ月前。16年11月、東京都港区で開かれた、美容ジャーナリスト向けのリンクルショット発表会は異様な熱気に包まれていた。会場に集まったメディアは260人。プレゼンターを務めた山口裕絵執行役員は、「新製品発表会で、会場からこれほどの『圧』を感じたのは初めての経験だった」と言う。終了後、何人もの記者から「発売おめでとう」の代わりに、「こんな商品を作ってくれてありがとう」と言われたことにも驚いた。

何が記者たちの心を動かしたのか。第1に、明確に「シワを改善する」と記事に書ける化粧品がついに出たこと。第2に、15年をかけた開発ストーリー。その困難な道のりに涙する記者までいた。イメージ重視が一般的だった化粧品PRの常識を覆す、「ハートに火をつける」作戦の始まりだった。

山口氏がリンクルショットのプロジェクトを初めて知ったのは12年。すでに化粧品としての剤形はでき上がっており、医薬部外品として厚生労働省の承認を得るための申請から3年半が過ぎて、後1~2年で承認が下りる可能性が見えてきた頃だ。「当時、リンクルショットはポーラでも知る人ぞ知るプロジェクト。私もシワ改善化粧品の開発がひそかに長年進められていたことを、そのとき初めて知りました」。承認されて発売が決まれば、会社の株価をも動かす重大なインサイダー情報になる。極秘のプロジェクトであり限られた人数で進めるよう指示された。

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