年金・老後

定年楽園への扉

自由楽しんでこそ定年生活 「べき論」には縛られない 経済コラムニスト 大江英樹

2018/11/1

写真はイメージ=123RF

最近、世の中には定年や老後について、その考え方や対策などについて書かれた本がたくさん出ています。いわゆる「定年本」です。

読んでいて私は共通点があることに気付きました。それは「老後の生活はこうしなくてはならない」とか「定年後はこうあるべきだ」といった論調が目立つことです。

具体的には「定年後は趣味を持つべきだ」とか「地域のつながりを大事にしなければならない」といった類いの内容です。

それらの主張は決して間違っているわけではありません。むしろその通りだと思います。さりとて、全ての人がそうあらねばならないということではないでしょう。

■定年後の楽しみは指図されず自由にできること

何を仕事にするのか人によって様々であるように、定年後の生活の仕方も人によって違うのは当然です。あるやり方がその人に合っていたとしても、それが全ての人に合うわけではありません。

会社員として定年まで勤め上げた人の中には、自分のやりたいことを我慢して仕事をしてきた人が少なくないでしょう。ようやく定年になって自由を得たのですから、定年後まで人の意見に左右されるのはできることなら御免こうむりたいものです。誰もが定年後ぐらい自分の好きにさせてほしいと思うのではないでしょうか。

かくいう私も、何冊か定年本を書いてきました。ひょっとすると、このコラム自体が「べき論」ではないのかという指摘があるかもしれません。確かに定年後について色々書いている人の多くは、自分の体験や人に聞いた意見を基にして定年後の生活を論じています。従って、成功体験から「こうあるべきだ」という結論になりがちなのです。

そのこと自体を否定するわけではないし、参考にするのも構わないと思いますが、問題なのはそれに縛られてしまうことです。固定観念にとらわれてやることだけはやめた方がいいと考えます。

2018年10月のコラム「人生100年時代 定年シニアは『家事力』を高めよう」でも述べましたが、用事をこしらえて出かけることがいいことであったとしても、家に居る方が気楽だというのであれば無理に出かける必要はありません。

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