がん患者の声で社会を変えたい 調査や商品開発も
がんになっても働き続けたい~西口洋平さん(下)
ある日、がんになったら、今まで続けてきた仕事はどうすべきか――。今、がん患者の3人に1人が働く世代(15~64歳)といわれている。しかし、告知された患者が慌てて離職したり、雇用する企業が患者の対応に困惑し、うまく就労支援できなかったりすることが少なくない。自身もがんになったライター・福島恵美が、がんと診断されても希望を持って働き続けるためのヒントを、患者らに聞いていく。
ステージ4の胆管がんの治療をしながら、子どもを持つがん患者が互いにつながる場をつくっている、一般社団法人キャンサーペアレンツ代表理事の西口洋平さんに、前編「がんステージ4でも働ける 大切なのは職場の信頼関係」では自身の働き方を聞いた。後編ではこの団体が取り組むがん患者への調査や、親ががんになったときの子どもへの伝え方を伺う。
がん患者の栄養調査に患者である会員が参加
――キャンサーペアレンツでは、子どもを持つがん患者が会員となり、インターネット上で投稿したり相談したりすることができるコミュニティをつくっておられます。それ以外にはどのような活動をされていますか。
全国にいるキャンサーペアレンツの会員が実際に会うオフ会を東京、名古屋、大阪でそれぞれ年に1、2回開催しています。その他に会員を対象にしたアンケート調査、大学や病院などの調査・研究への参加、がん患者も使うことのある商品の開発への協力などを行っています。
森永乳業グループの病態栄養部門・クリニコと共同で、キャンサーペアレンツの会員を対象に、栄養管理に関する調査をしたことがあります。がんの治療中に、病院スタッフに栄養や食事について相談する機会があったかを聞くと、約4割の人が栄養相談をする機会がなかったことが分かりました(がん患者さんの食事と栄養についての意識調査、2017年)。
このような実態が明らかになると、病院の栄養士さんからがん患者さんに、栄養のことをもっと伝えた方がいいのではないかという考えが出てくると思います。その結果、病院や栄養士さんの意識が変わり、栄養相談できる環境が整えば、結局、僕たち患者は恩恵を受けることになります。
この栄養調査に関連しているのですが、今、若い世代でも食べやすい栄養補助食品の開発に協力し始めています。がんの影響で固形物が食べられないときに、ドリンクやとろみのある食品でカロリーや栄養を取れる食品です。色々な種類がありますが、基本的に高齢者向きで味が若い人の好みに合わないケースも多いので、僕たち働く世代のがん患者の意見を伝えています。
各種の調査に会員の皆さん、結構、参加してくれます。「自分の意見が社会を変えていくことに役立つなら」と。がんになって社会活動ができずにいた人が、自分たち患者の声を届けることで、社会に関わっている実感を持てるのは、とてもいいことだと思うんです。
子どもにがんをどう伝えるかは一番の悩み
――キャンサーペアレンツの会員は皆さん、子どもがいるわけですが、西口さんががんと診断されたとき、当時6歳の娘さんに、ご自身のがんのことをどのように伝えたのですか。
がんになったことを子どもにどう伝えるかは、僕の中の大きな悩みでした。がんという病名だけならまだしも、死ぬかもしれないという思いがあったから、死をどう伝えればいいんだろうと悩み、堂々巡りで…。病院に通っていることも、手術の傷があることも娘は知っているけれど、ちゃんとは言えませんでした。
結局、がんになって1年たたないぐらいのときに、妻が「お父さんの病気はがん」ということをさらっと伝えてくれていました。それ以降、あらためて娘と病気の話をすることはないのですが、オフ会や取材を受けるときなどに一緒に来るようになりましたね。
――子どもと接するときに、何か心掛けていることはありますか。
特に意識していません。僕が子どもと過ごしたいと思うから一緒に過ごすのであって、子どものためではないんですね。ここを間違えると、すごく押しつけがましくなってしまう。「娘のために、一緒にいる時間をつくっているんだ」となると、娘は「そんなの知らない」って、たぶん思うんじゃないかな。聞いていないから分かりませんが…。僕のエゴなんですけど、「一緒に過ごしたいから、付き合ってよ」という感じです。自分の気持ちに素直になっていいと思っています。
がんの話を子どもとするときに読める絵本を企画
――キャンサーペアレンツでは絵本『ママのバレッタ』を作られています。抗がん剤治療で脱毛し、自慢の髪の毛をなくしたお母さんとその娘との触れ合いが、柔らかいタッチで描かれていますね。
会員のお母さんが「絵本があると、子どもと一緒にがんのことを理解しやすいよね」と言われたことから、絵本を作るプロジェクトが立ち上がりました。がん患者が登場する絵本は世の中にあるけれど、死んでお星さまになるとかリアルな内容じゃないよね、と。がんになった当事者が、子どもに読み聞かせできる絵本を作ることにしたのです。
ストーリーは会員の体験がもとになっています。プロジェクトメンバーは皆、絵本作りの素人ばかり。自分たちの子どもにストーリーを聞かせて、分かりにくいと感じたところをフィードバックしてもらい、ああでもない、こうでもないと練り上げていきました。
印刷して絵本の試作品を作り、プロジェクトメンバーで本を出してもらえる出版社を探し、営業に行きました。売れないからダメと断られることが多かったのですが、夏にようやく出版することが決まりました。
がん患者がアクティブに参加できる機会を作りたい
――今後はどのような活動をしていきたいとお考えですか。
先にお話ししたキャンサーペアレンツで取り組んでいる調査・研究、オフ会など、会員のがん患者さんがアクティブに参加できる機会を、どんどんつくっていきたいと思っています。僕自身がそうなんですが、何かをやろうとすると、気持ちがよくなってポジティブになり、体の調子もいいように感じます。
これから取り組もうとしている活動の一つに、親ががんを経験した子どもの成長について、大学で行われる研究に参加する話があります。親ががんの子どもは、ショックを受けて悲しんだり、情緒不安定になったりしているのではないかと、ネガティブに捉えられがち。けれども、心的外傷後成長(PTG)といって、心に傷を負うような体験をしたことで、逆に人として成長がもたらされるといわれているそうです。
例えば、子どもたちへのインタビューを通して、がんの親を持つ子どもの成長している様子が見て取れるのなら、僕たち親は子どもの将来を悲観する必要はないことになります。このような患者に役立つ可能性のある研究に、積極的に参加していきたいと考えています。
(ライター 福島恵美 カメラマン 村田わかな)
一般社団法人キャンサーペアレンツ代表理事。1979年大阪府生まれ。大学卒業後、エン・ジャパンに入社。2015年に35歳で胆管がんと診断される。同じ世代でがんの悩みを分かち合える人が周囲にいなかったことから、子どもを持つがん患者のためのインターネット交流サイト「キャンサーペアレンツ」を2016年4月に立ち上げ、同年9月に法人化。その活動とエン・ジャパンの仕事をしながら治療を続けている。キャンサーペアレンツは日本経済新聞社の「第1回日経ソーシャルビジネスコンテスト」の特別賞を受賞。
健康や暮らしに役立つノウハウなどをまとめています。
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