1986年東京工業大学修士課程修了。キヤノン、慶応義塾大学理工学部教授、ハーバード大学客員教授等を経て、08年より慶応義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授。17年より慶応義塾大学ウェルビーイングリサーチセンター長兼任

白河 日本人は「やりたい仕事」を見つけるのが苦手ですよね。学生から話を聞いていても、「やりたいことが見つかりません」という声が多いです。私の友人に「やりたいことは見つからないけれど、人の夢のサポートをするのが好き」という人がいるのですが、それでもいいのでしょうか。

前野 「私は人の夢を応援するのが好きなの!」と毎日公言できるくらい好きであれば、幸福度は上がると思いますよ。ただ、「自分のやりたいことが見つからないから、仕方なく他人の夢に寄り添う」程度の動機なら、それほど期待できないでしょうね。それくらいなら、「時間がかかってもいいから、心から夢中になれることを探しましょうよ」と僕は言いたいですね。落ち込む必要はなくて、人生の旅は長いのでたっぷり時間を使えばいいんですよ。

白河 なるほど。先生が実施している企業向けのワークショップというのはどんな内容を。まず幸福度の測定をなさるんでしょうか。

前野 その前にまず「幸福学」と仕事の関係性についてしっかりお話しします。健康セミナーと同じで、幸せになることでどんなメリットがあるのかをまず頭で理解してもらってから、幸福度を測定してもらいます。

それから、いろんなワークを実践してもらった後に、再度測定して変化を感じてもらう。ワークというのは、感謝を思い出して伝えるワークだったり、夢について語るワークだったり、自分の過去の転機を遡って書き出すワークだったり。さらに、自分が気づいていなかった強みを発見するワークもやっていますね。「自分自身を深く掘り下げる」作業をいろんな角度から体験してもらうんです。

幸せにも多様性がある

白河 やはり自分をよく知ることがスタートになるのですね。社員の満足度が高い企業を取材していて気づいたのは、個人のコアバリューと企業のコアバリューが合致した時に、個人のやりがいや生産性は高まるのだなと。

一方で、日本人はありのままの自分を打ち消して企業の方針に過剰適応することもあるから、やりがい搾取型のブラック企業とホワイト企業は紙一重だなと感じることもあるんです。社員全員が起立して社是を声高らかに唱和する会社は、ホワイトにもブラックにも転がり得る気がして。

前野 おっしゃる通りだと思いますね。

白河 両者の違いは何だと思われますか?

前野 社長自身に嘘がないかの違いだけだと思います。社是の唱和を「本気で社員を幸せにするため」にやっているのか、「単にもうけたいため」にやっているのか。その違いは社長の普段のちょっとしたひと言や振る舞いに表れるのではないでしょうか。

白河 バックにある思いが本物かどうかということですね。

前野 さらにいうと、幸せの感じ方が100人100様であるように、「何をもって幸せと言うか」というのも会社の数だけ違うんです。例えば、米国で言われるハッピー企業と日本的幸福企業とでは、ニュアンスがかなり異なると思っています。

米国的ハッピー企業はハッピーの語源が「happen」と同じであるように、何か特別なことが起きてワクワクするような雰囲気ですね。「イエーイ!」とハイタッチするような場面をハッピーとみなす。一方で、日本人は「あなたがいてくれて幸せだよ」みたいなしみじみとした喜びの分かち合いが「幸せ」と直結することが多い。これらのどっちが正しいということではなく、要は幸せの多様性です。

洗脳と一致団結は紙一重

白河 型にハマって考え過ぎてはダメなんですね。はた目には「これ、洗脳じゃないかな?」と思ってしまうシーンもあるのですが、目指す幸せの形は会社によって違うのだと考えたほうがいいですね。

前野 そうですね。でも、「洗脳」というのも単に捉え方であって、冷静に考えれば、アスファルトを敷き詰めてコンクリートに囲まれて暮らすことをよしとする現代の生活も「洗脳」ですよね。

悪く言うと「洗脳」、もう少しマイルドに言うと「依存症」、良く言うと「一致団結」みたいな。単に呼び方の違いであって、脳が動いているメカニズムとしてはそれほど変わらないんですよ。

白河 経営者が社員を利用しようとしていたら悪だけれど、みんなにとって良い理想を掲げてのことであれば素晴らしい取り組みになる。個人も、その違いを見極める目を鍛えないといけないですね。

前野 そういう時代になっていると思います。

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きれいごとを経営者は語るべき