悩み・人脈… 上場企業女性役員に聞く仕事のリアル
上場企業女性役員調査(下)
まだ少ない女性の役員たち。ロールモデル不在の人も多い。どのような課題を抱え、どういう人脈を活用しているのか。日本経済新聞社が上場企業の女性役員に実施した調査で仕事に役立つ人脈を尋ねると「役員同士の交流」が68%でトップ。同業他社だけでなく他業種などで働く同様の立場の人との交流も4割前後で、企業の枠を超えたネットワーキングが進んでいる。
日本経済新聞社が上場企業に実施した調査(594社が回答)で、執行役員を含め今年1~8月に就任した女性役員がいる企業は115社。うち24社は「株式公開以降、女性役員の誕生は初めて」と答えた。
上場企業の女性役員ら(執行役員を含む154人が回答)に今の悩みや不安(複数回答)を聞くと、トップ2は「業務上の課題や経営に関すること」(47.4%)と「社員の育成に関すること」(35.1%)。これら経営に直結する悩みに続くのが、3位の「自身のスキルや職務経験に関すること」(33.1%)。さらに「リーダーシップの発揮に関すること」(20.8%)も6位と、スキルに関するものが上位だった。
「これらは男性役員では挙がらない悩み」と話すのは、資生堂の元副社長で現在はキリンホールディングスと住友商事などの社外取締役を務める岩田喜美枝さん(71)。「これまで多くの企業は女性社員の育成に力を入れてこなかった。このため、女性の役員は男性より経験の幅が狭くなりがちで、それが自信のなさにつながっている」とみる。
一方「女性であることで不要な注目を浴びがち」(22.1%)という女性特有の悩みも5位に。岩田さんは「注目は女性活躍に対する社会や企業の期待の反映」と指摘。「活躍する女性の社会的使命と受け入れ、自身の影響力拡大につなげてほしい」と強調する。
「過小評価せずに結果を」
役員就任までに最も長かった職務経験を聞くと、トップは「営業(販売・マーケティング・商品含む)」(21.1%)。必ずしも役員としての担当分野と一致しない人も目立つが、岩田さんは「女性を昇進させようという社会環境は追い風。登用理由はさておき、男性と比べ自身のスキルなどを過小評価せず、与えられた役職で結果を出し評価されることが大事」と説く。
チャンスは広がるものの、企業社会には男性中心の慣習も残る。自らの立場をどう思っているか尋ねると有利派(「有利」または「どちらかというと有利」)が71.4%。理由は女性活躍推進が追い風のほか「人に覚えてもらいやすい」(常務・50代)など。だが「追い風はかえって迷惑。女性だから昇進・昇格したと思われたくない。公正にみてほしいという人もいるはず」と岩田さん。
一方、不利派(全体の24%)からは「『女性のくせに』という周囲の意識を改革できない」(執行役員・50代)との声も。不利派は悩みでも「役員ゆえの孤独」が3割弱で高く、社内少数派の孤独感がにじむ。
とはいえ、社会変化をいち早く察し、対応を考える視野の広さが欠かせない役員。仕事に役立つ人脈(複数回答)はどんなものか。
調査では「役員同士(の交流、以下同)」が67.5%で最多、「過去の職場の上司・同僚・部下ら」(55.8%)、「部下や後輩にあたる社内の女性たち」(48.1%)と続いた。
「同業他社の同性」(42.2%)や「他業種も含めた女性役員同士」(38.3%)など女性のネットワークも4割前後と高い。後者の一例は、女性活躍推進を支援するNPO法人、J-Win(東京・千代田)の「Executiveネットワーク」。会員企業の執行役員以上のメンバーが、研究会などで切磋琢磨(せっさたくま)している。
前出の岩田さんは「女性同士の交流は男性の非公式情報網などを補完し、安心して話せる点がいい」と話す。介護など女性が直面しやすい悩みも話しやすい。
役員は男女問わずパワフルに仕事をしてきた人材と会う機会が多い。岩田さんは「社外も含め、より交流を広げて」と助言する。
(女性面編集長 佐々木玲子、伴和砂)
女性役員巡り、こんな話題も…
人材不足解消へ国が研修
役員に占める女性比率の向上には、候補者となる女性の人材不足が課題。内閣府男女共同参画局は2017年度から「女性役員育成研修」を始めた。
対象は職務経験が10年以上あり、企業での内部昇進が期待される管理職候補生の女性や、会計士や弁護士の女性ら社外取締役への起用が期待される人材だ。研修は月1回のペースで約半年にわたって開き、コーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)について学ぶほか、現役の役員も講師となり経営者の視点を聞ける講座などで構成する。
魅力の一つは、グループワークで意見交換ができる点。毎回グループを変更し、より多様な意見に触れられるほか、受講者同士のネットワーク構築も狙っている。昨年度の参加者からは、「自分だけでは知れない情報や人脈に出会えた」との声があった。
第1期となった17年度は神奈川県と京都府で開き、61人が修了。修了者については経歴などが分かるリストを作成し、役員候補者を探す企業向けに同局のサイトで公開している。今年度は9月から神奈川県、愛知県、関西地域で同様の研修を始めた。経団連などの経済団体のほか、日本弁護士連合会(日弁連)や日本公認会計士協会、日本税理士会連合会も会員への開催周知で受講者募集に協力。どの地域も、30人を超える女性が受講している。
内閣府では今後、研修の開催地域を広げていく方針だ。このほか、12月からは都内の大学での研修コースも始める予定で「大学のリソースを使ってより充実した学びの機会になれば」(内閣府)という。
社外役員への女性の起用拡大に向け、東京弁護士会など8弁護士会は、社外役員の候補者となることを希望する女性の弁護士会員らの名簿を作成。企業から要望があれば各弁護士会で対応する。日本公認会計士協会も社外役員候補公認会計士紹介制度を設けている。
会員制シェアオフィス、人脈作りの場提供
女性役員同士のネットワークづくりの「場」を提供――。企業の多様な人材活用を支援するイー・ウーマン(東京・港)は10月、都内に女性役員ら向けの会員制シェアオフィスを開いた。テレビ会議ができる完全防音の会議室を備え「遠隔地での取締役会にも参加できる」と佐々木かをり社長。自らも日本郵便、小林製薬などの社外取締役を務める。
このシェアオフィスは、同社の有料の会員制組織「THE BOARD(ザ・ボード)」に入会した女性役員や役員を目指す女性らの利用を見込む。現在、約50人が入会している。「ザ・ボード設立で役員にふさわしい女性が『ここにいる』と社会に示し、企業の女性役員候補者探しに役立ちたい」(佐々木社長)。ザ・ボードは企業統治や経営講座などを毎月開き、役員らの交流を促すイベントも実施していく。
「女性役員3割に」英発祥30%クラブ 日本でも来春には活動開始
役員への女性の起用は国際的な流れだ。経営の意思決定でジェンダーバランスが問われるなか、英国では、2020年に女性役員比率30%達成を目指す「30%クラブ」が効果を発揮。ロンドン証券取引所の英FTSE100種対象企業の女性役員比率は、10年の12.6%から18年には28.9%に高まった。
同クラブは非営利のキャンペーンとして10年に開始。企業の経営トップらが自ら加入し女性比率向上に取り組むほか、弁護士事務所や会計事務所などのプロフェッショナルファーム、機関投資家、政府などが協働する。日本からも16年に年金積立金管理運用独立行政法人、17年に三井住友信託銀行(運用部門移管で18年10月から三井住友トラスト・アセットマネジメント)が名を連ねた。
英国での実績から米国、カナダ、マレーシアなどに広がり、日本でも準備が進む。国内の事務局となるキャンペーンマネジャーは、デロイトトーマツコンサルティングの只松美智子・シニアマネジャー。英デロイトは英国の同クラブ発足に関与した。日本の遅れが目立つなか、「ビジネスの枠を超え、持続可能な社会の構築に貢献したい」と只松氏。遅くとも来春の活動開始を目指し準備を進める。
[日本経済新聞朝刊2018年10月22日付]
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