メモリースティックを友達に売ったこともあります。当時、PSP(プレイステーションポータブル)という携帯ゲーム機をみんな持っており、それにメモリースティックを挿して使うのですが、その頃のソニー純正品は1ギガバイトで1万円ぐらい。「ヤフオク」だと2000円ぐらいで買えたので、それに手数料をのせて売っていました。

友人からは「勉強も成績が良いし、お金のことも自分でやりくりしているし、石川ってなんか頑張っているね」というようなことを言われていた覚えがあります。先生を夢みる一方で、お金をつくる仕事にも憧れを持つようになりました。

1浪して東京大学文科3類に入学。起業家の集うサークルに入り、大学3年生で理系に転身する。

「理想の先生に出会ったり商売に興味を持ち始めたり、サレジオ時代は今の事業の原点になっているのかもしれない」と振り返る

人に勉強を教えるのが好きだったので、大学に入ってからは予備校のバイトをしていました。文3を選んだのも教師になりたかったからですが、一方で、大学生になってからはビジネスの世界にのめり込んでいきました。

きっかけはビジネス系のサークルに入ったことです。「KING」という学生ビジネスコンテストの運営をしていました。ユーグレナの出雲充社長やラクスルの松本恭攝社長など、多くの起業家を輩出しているサークルです。

1年生の冬から2年生にかけてKINGの代表をしました。それまでビジネスは遠い世界のイメージだったのが、ビジネス界の偉い人も意外と身近なんだということを感じることができた、貴重な経験です。例えば博報堂の著名なコピーライターの方で、本を出しているような人でも交渉すれば来てくれるんだというのが面白かった。他にもベンチャーキャピタル(VC)や先輩起業家の話を聞くうちに、経営者になりたいという気持ちの方が大きくなっていきました。

「米国では理系の学生がテクノロジーをベースにして起業するのが流行している」。サークルではそんなことが話題になっていました。それならば理系に転向しようと、大学3年から工学部に入りました。

大学3年生でビジネスコンテストで優勝したのをきっかけに起業した。

このときに立ち上げたのが、アイデミーの前身のグッズという会社です。最初はモノに特化した交流サイト(SNS)というビジネスでした。その後は弁当のデリバリーサービス、ポイントカードのアプリ、と次々展開していきましたが、どれも当たりませんでした。