向井理さん 医療用AIの進化は人を幸せにするか
「連続ドラマW パンドラIV AI戦争」主演インタビュー
がんの特効薬、自殺防止治療法、クローン人間など、革命的な発明により"パンドラの箱"を開いた人々の運命を描くWOWOWの人気ドラマシリーズ。その最新作「連続ドラマW パンドラIV AI戦争」で医療用人工知能(AI)診断システムミカエルを開発した医師鈴木哲郎を演じる向井理さんに、役を通してAIについて感じたことや、ストレスフルな毎日の中で体調管理で心がけていることなどについて聞いた。
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―――今回のドラマでは、患者を診断する医療用AIを開発した医師を演じていらっしゃいます。近い将来、存在しそうなこの医師にどのような印象を持たれましたか。
向井:僕が演じる鈴木哲郎は、ミカエルというAI診断システムの開発者であると同時に、一人の医師です。医師の役割は人の命を救うことだと思うので、一人でも多くの患者を救うために新たなものを開発したという意味では、信念のある情熱的な人だと思います。
「気分や体調に左右されないAIに活路を求めるのは、ごく普通です」という内容の主人公のセリフがあるのですが、気分の浮き沈みがあり、腹痛が起こる日があるのが人間であり、出勤間際に家族とけんかしてイライラする日があるのも人間です。でも医師という職業には、どんな状態でも、高いクオリティーを保ちながら診断することが求められる。気分の変化などが医師としての質に少しでもマイナスに働くことがあるのであれば、この作品のように感情を持たず短時間で正確な診断ができるAIに診断を任せたほうがいいと考えるのは、自然のように思います。
正しい診断は、知識の蓄積量によってある程度左右されるはずです。「医師の勘」が知識や経験の蓄積で培われるとしたら、知識の容量が無限のAIで代用することも可能なのではないかと思います。毎年発表される論文を一瞬で読み込み、昔のものから最先端の診断アプローチまで網羅できれば、診断ミスの軽減につながるでしょう。
AIは60年ぐらい前から研究されてきましたが、近年、ディープラーニング(深層学習)という手法により学習能力が著しく向上するなど、第3次AIブームだといわれているそうです。そうした現状も踏まえると、やはり医療の診断にAIを導入するという風潮は間違っていないと思いますし、これからは、AIと共存していくことを考えなければいけないと思いました。
AIの発達で人類は幸福になるのか
―――新たなものが導入されると、弊害を起こす可能性も出てきますね。
向井:それがこのドラマの論点にもなるのですが、AI技術が医療の世界に導入されて医師としての存在意義が変わるかもしれない中で、「患者の幸せのためには?」「一人の医療従事者としての幸せのためには?」と葛藤するのが、ここで登場する医師たちです。患者の立場からしても、医療事故が起こるリスクを考えた場合、AIの導入とどう向き合うのかということが、作品中でも問われています。
これまでのパンドラシリーズは、がんを完全にこの世から抹消する特効薬だったり、自殺防止治療法やクローン人間だったり…、想像はできるけど実生活に今すぐ関わるような話ではなかったと思うんです。でも、AI医療はすでに始まっていますし、どの程度かは分からないですが、ロケ現場になっている病院の先生も、うちでも導入していますとお話しされていました。そう考えると、今回のドラマはぐっと身近に感じられるドキュメンタリーのような作品だと思います。
―――役作りにあたってどのようなことをされましたか?
向井:医師の話ですが、AI診断システムの開発者でもあるという特殊な設定なので、特別医師にレクチャーを受けるということはしませんでした。それよりも、純粋に多くの人を救いたいがために信念を貫いてむやみに突き進んでいった結果、思わぬところで足をすくわれるという一人の人生を描いた作品なので、そんな境遇の人間をどう演じていこうかと考えました。
―――向井さん自身、明治大学農学部生命科学科で遺伝子工学を専攻され、研究されていましたが、分野は違えど、その経験から一つのテーマを突き詰めて研究を重ねるという面で、主人公と重なった部分があったのでは?
向井:僕は遺伝子工学や細胞をテーマに研究していたので、医療との共通言語はあるとしても考え方が全く違いますし、白衣の着方くらいしか、学生時代の経験とは共通点はありません(笑)。でも先ほどもお話しした通り、研究者や開発者の信念のようなものには共感します。僕も創薬とまではいきませんが、人間に役立つものが作れればと思いながら、ゼミや研究室に通っていたので。
でも、正義感から生まれた良かれと思う故のその信念は、パンドラの箱を開けることにもなりかねません。極端な例を言えば、AIが発達することによって、胎児の時に寿命が分かってしまうケースも起こり得るかもしれない。
もし、「あなたの子供はあと5年の命です」とAIに診断されたら、親としてどうしたらいいんだろうと思いますね。5年間、寿命を知らずに生きていくのと、「残り5年か…」と思って生きていくのとでは、生き方が180度変わるはずです。人の命に関わることなので利便性を追求するのは大事ですし、考え方は人それぞれですが、それでも、果たして僕らはあと5年の命というその事実を知る必要があるのかなと思うのです。
先日、ヒトの人工多能性幹細胞(iPS細胞)を利用し、卵子のもとになる卵原細胞を培養だけでつくることを京都大学が世界で初めて成功したというニュースを見ましたが、これはもう神の領域で、これこそパンドラの箱を開けたなと思いましたね。もちろん、クローン人間はつくらないという前提はありますが、将来的には卵子が人の手でつくられるかもしれない。そうすると倫理的な議論が起こるように思います。
また、終末医療では、医療の技術が発達すればするほど寿命も延びます。すると、チューブにつながれた状態で生き続けることが、果たして人としての幸せなのかという議論もあると思うんですよね。
AIや医療に限らず、どの技術も進歩によって様々な弊害が生じます。例えば工場が機械化されて職人の数が減らされるなど、利便性を追求し過ぎると多くの人が職を失うなんて、何のための技術やテクノロジーの発展なのかも分からなくなる。そんないろいろな側面から考えてみると、テクノロジーの発展と人類の幸福は、すべてが比例するわけではないと感じます。
ストレスと距離を置くことがベストパフォーマンスにつながる
――先ほど、人間は気分の浮き沈みなどでパフォーマンスが変わってしまうというお話がありましたが、向井さん自身、日々の演技でベストパフォーマンスを発揮するために、体調管理などで心がけていることは?
向井:ストレスをためないことですね。AIとは正反対でアナログな話になりますが、「病は気から」というように、万病のもとはストレスだと思うんです。だから、いかにしてストレスと距離を置くかということを最も大事にしています。
――具体的には?
向井:僕は食べることが好きなので、なるべく体にいいものやおいしいものを食べて、好きなお酒も毎晩飲んで、素直に「おいしかったね」と言える時間や環境を大事にしています。それが一番のストレス発散であり、新たな気持ちで翌日の仕事に向かえる要因になっていると思います。
健康になろうとしてランニングしたり、タバコをやめたり、お酒を控えたりすることはもちろん大事ですが、「それをしなきゃいけない」という強迫観念によるストレスがかかるほうが、僕にはつらいです。
俳優は体が資本の仕事でもあるので、体の可動域を狭めないようストレッチは心がけていますが、無理して運動はしていないですね。適度な運動はいいと思いますが、極端なことを言えば、激しい運動をして呼吸をすればするほど、老化の原因になる活性酸素が蓄積されるかもと思ってしまうと、運動のしすぎもあまり良くないんじゃないかなと思いますし。
ただ、医療や健康法は一人ひとりの捉え方次第で、いいか悪いかは一概に言えないように思います。僕自身、いま大きなケガもなく、健康だからこそ言える余裕があるからかもしれませんが、特に健康法に関しては、身の丈に合った、無理なく続けられる、そして、自分が納得するものを探せばいいのではないかとも思います。
(ライター 高島三幸、カメラマン 村田わかな、ヘアメイク 晋一朗〔IKEDAYA TOKYO〕、スタイリスト 外山由香里)
11月11日(日) WOWOWプライムにて放送スタート
毎週日曜よる10時~(全6話) 第1話無料放送
(C)2018 WOWOW INC.
脚本:井上由美子
監督:河毛俊作、村上正典
出演:向井理、黒木瞳、美村里江、三浦貴大、山本耕史、原田泰造、渡部篤郎ほか
【ストーリー】
IT(情報技術)企業が経営するメディノックス医療センターでは、医師の鈴木哲郎(向井理)が開発したAIによる患者の診断が行われていた。人間の医師が行うよりも短時間で正確に、しかも無料で行うAI診断は世間で評判を呼ぶ。しかし、医師の中には「時期尚早」と難色を示したり、AI診断に従って手術を行うことを不快に思う者もいた。そんな中、AI診断に基づいて医師が手術した患者が、術後に容体が急変して亡くなってしまう。
健康や暮らしに役立つノウハウなどをまとめています。
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