鯖ずしは庶民のみやび 京都まち食堂に外国人が列
かんさい食物語
古都・京都の名物、鯖(さば)ずし。「昔の人は祭りの時につくっていたんですわ」と京都市内の食堂、満寿形屋でこの料理を供する梅垣昌治さん(65)は語る。同店では鯖ずしと、うどんのセットが千円。手ごろな価格は関西ならではだが、肉厚の鯖の断面は磨いた鏡のように輝き、雅(みやび)さもまとう。
満寿形屋は世界文化遺産の下鴨神社に近い昔ながらの商店街にある。周囲に溶け込み、そのまま年を重ねたような店構えだ。表には「すし・めんるい」と書かれた大きな看板が掛かる。「ビジネスマンも食べはるし、鯖ずしとうどんのセットの値段はずっと上げてない」という。親子丼など、ほかのメニューもほとんどが千円以内だ。
1000円で味わえる「京料理」
1200年を超す歴史を持つ京都。食文化として世界に名をとどろかせるのがいわゆる「京料理」だ。京都市は刊行物「京の食文化」で京料理について「味付けは出汁(だし)、献立は一汁三菜を基本とし、料理人の洗練された技術と美意識によって調理、盛り付けされた五色、五味、五法を五感で愉(たの)しむ料理」と説明する。
旬の食材を使い、精緻な技を凝らした華麗なもてなしの京料理となると、料金が数万円になる店も少なくない。
だが、京都ではこうした高級店の京料理でなくても美しさや味への細やかな配慮を感じられる。ふと、のれんをくぐった食堂でも。そこに京都の懐の深さがある。
その背景の一つが歴史の中で培われた食文化だ。「おばんざい」と呼ばれる家庭のおかずは季節の食材を無駄なく使い切るよう工夫する。毎月、決められた日に食べる「おきまり料理」は商家などで引き継がれてきた。例えば1日は「家中がまめで暮らせるように」と小豆ごはんを食べる。
このような料理を供し、供される中で育っていった食に対する繊細な感覚は、食堂などの料理に自然にしみ出す。
鯖ずしも京都で長く食べられてきた料理で地域の祭りのごちそうだった。海から離れた京都ではかつて新鮮な魚を手に入れるのが難しく、福井の若狭湾から塩鯖が運ばれて鯖ずしに使われた。鯖が通ったその道は「鯖街道」と呼ばれる。
福井で鯖の水揚げが減ったため、満寿形屋では大分県と愛媛県に挟まれた豊後水道の鯖を使うが、3代目として店を切り盛りする梅垣さんは「鯖街道の責任がある」と味には妥協しない。
食材や調味料も選び抜く。塩は「味がマイルドになる」という理由で以前から沖縄産だ。酢も優しさを大切にし「(口に含んだときに)グッとこない」ものを使う。
鯖の上にあしらう木の芽は滋賀県産で小箱の中に並んでいた。「これめちゃくちゃ高い。値段聞いたらびっくりするで」。この緑のアクセントは口の中ではじけ、驚くような香りを出す。
うまいもんに国境なし
高価な京料理とはまた違う庶民の味の深さを目指して訪日外国人(インバウンド)も店の前の行列に加わる。「台湾や中国の方が多い。ロシア人もいらっしゃった」と梅垣さんはうれしげだ。中国語など外国語のメニューも置いている。
京都を歩くと満寿形屋のような麺類や丼物などを扱う食堂をよく見かける。金融機関のオフィスや流行の飲食店が軒を連ねる四条烏丸の近くで営業するのは「お食事処(どころ)相生餅本店」。
「おかげさんでこういう店がいいといわれる方もいらっしゃいます。ありがたいことです」。店主の白石準一さん(85)は柔和な表情で言った。
白石さんの自信作は650円の「餅花うどん」。店内で製造した5種類の餅が入り、見た目も鮮やかだ。餅の下にふわふわした食感のうどんが漂い、出汁はカツオ節のうまみが効く。外国人観光客も訪れるという。
食通として知られた作家、池波正太郎は著書「むかしの味」の中で京都のうどんのうまさについて書いた。1923年生まれの池波は17、18歳の頃、初めて京都のうどんを食べ、東京との味の違いに驚いている。
京都のうどんのうまさは今も健在だ。鯖ずしの満寿形屋のうどんもこだわりの品。独自の工夫を凝らすが、それを書き出すとこの記事がどこまでも長くなりそうだ。京都のまちの食堂では連綿と続いてきた食文化の進化形に出会える。(伊藤健史)
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