『億男』 大友監督流「活劇」でベストセラー映画化
累計興行収入125億円超の大ヒットを記録した『るろうに剣心』シリーズ(2012年~)で日本映画の新たなアクションエンタテインメントを切り開き、その後も『ミュージアム』(16年)、『3月のライオン』(17年)など話題作を放ってきた大友啓史監督。最新作の『億男』(10月19日公開/東宝配給)は、突然大金を手にした男の物語。主演・佐藤健、共演に高橋一生で"お金"を題材にした新たなエンタテインメントに挑んだ大友監督に、作品への思いを聞いた。
兄の3000万円の借金を肩代わりした図書館司書の一男(佐藤健)は、返済に追われ昼夜問わず働き、妻(黒木華)と幼い娘とも別居中。そんなある日、宝くじで3億円が当たり、家族と人生をやり直そうとした矢先、起業し億万長者となった親友の九十九(高橋一生)にその金を持ち逃げされてしまう。
原作は、『君の名は。』などの映画プロデューサーとして知られる川村元気氏の同名小説。15年に「本屋大賞」にノミネートされ、中国でも映画化が決まっているベストセラーだ。しかし、「映画化は困難を極めた」と言う。
「マネーゲームを題材にした『ハゲタカ』(09年)でお金のことをとことん突き詰めた経験から、僕は、お金はとても生々しくて、艶っぽいものだという感覚を持っています。実は男女関係よりもよっぽど面白いドラマがその向こうに広がっている。その生々しさこそが、人間の本性に深く切り込んでいくための大きな武器になると。一方でこの原作は、突然天から降ってきた僥倖(ぎょうこう)のような大金を手にした30代半ばの男が、それをきっかけにお金とどう向き合っていくかを考えていくという、ある種ノウハウ本というか、マネー哲学本のような印象を持ちました。加えて、ファンタジー要素が強いかなと。お金について前述したようなイメージを持っている僕にとって、一読した限りではなかなか具体的な映像イメージが浮かばず、ああ苦戦するなと直感的に思いましたね。自分がこの素材を実写化していくためには、自分なりのスタンスでかなりディテールを埋めていかなくてはいけないと。そのうえで、お金が持つ生々しさとか艶っぽさを散りばめていきたいな、と。
今の時代、若者たちはお金を稼ぐこと、お金があることに必ずしも絶対的な価値を見出さなくなっているように思います。やっぱりそれは、豊かさ、なんでしょうね。仮想通貨、ビットコインはそんな考えを反映している。お金に対する向き合い方が大きく変わってきている。そういった背景を根底において、佐藤健君や高橋一生君といった今という時代の空気を吸っている役者たちと並走しながら作っていけばいいかな、と思ったんです」
映画は原作とは異なり、早々に3億円を九十九に持ち逃げされ、「親友なのになぜ、どうして?」と思う主人公ともども観客もこの状況に引っ張り込んでいく。「映画の『ハングオーバー!』(09年)方式で、一男が九十九を追っかけるなかで、幸せとは、家族とは、友情とはと考え、長く離れていた親友を発見する物語になればいいと思った」と大友監督。お金をめぐるリアルな描写は、『ドラゴンクエスト』シリーズの開発などで知られる、渡部辰城氏が脚本づくりに参加したことでクリアできた。
「渡部さんはDeNAの幹部を務めたこともあるなど、九十九たちがいた世界に近い人。若くして成功した人たちの狂騒ぶりを実際に知っていたこともあり、キャラクターたちが本当に生きたものになりました。特に、原作にはないパーティー好きな女子・あきら(池田エライザ)のセリフが面白くてリアルに。(スマホの登録で)金持ちを"億男"、そうでない人を"雑魚"と分類するあたりで、タイトルの『億男』にうまくつながったと思います」
主演の佐藤健とは、『るろうに剣心』シリーズから4年ぶり。原作では30代半ばの生活に疲れた男という設定なので、その年齢の人間が感じているであろう人生のやりきれなさ、切なさに関してどう演出するか考えたという。
「久しぶりに彼と仕事をして、何か意識が変わったのかなあと思ったりもしました。モロッコロケの合間にゆっくり話したのですが、30代を前にして、20代の最後の時間を大切にしたいという気持ちを強く感じましたね。今までやったことのない役をやりたいとか、自分の知らない人生を演じたいという欲望がより強く生まれてきているのかもしれない。そういう意味では、この役はぴったりですよね。まあ、素顔の佐藤健と違って、ドン臭いしね、でもそこに可愛げがあったりもする。なんていうのかな、家族や子供を持っている身からすると、主人公一男の、否定できない人生のあり様がそこはかとなく感じられる役なんですよね。身の回りで起きていく出来事に、ひたすら振り回されていく、そんなある意味主体性の無い人ですから。そういう意味では、いつもの彼のアプローチで、まだまだ実生活では体験していない身近な人生にまっすぐ向き合ってくれたと思います。主人公・一男の、一生懸命なドン臭さに思わず笑ってしまうしね。それは一男という男を、彼がしっかり愛してくれた証拠でしょう」
一方、九十九を演じる高橋一生とは前作『3月のライオン』に次いで2度目のタッグ。その昔、NHK在局時代から高橋の芝居には注目し、高く評価してきたという。
「今回の九十九という役は本当に難しくて、川村君に『九十九ってどういうやつ?』と聞いたら、『神です』って(笑)。そうか、神なのか、いやあ、どうしようかなあって(笑)。でも、一生君は様々なアプローチで、九十九の実在感を繰り寄せてくれた。キャッシュ&フローとかお金に関する知識も、パウロ・コエーリョの『アルケミスト(錬金術師)』的なイメージも、共通の言葉として分かってくれる。手触りのないものに一つひとつ手触りを積み重ねて、九十九をちゃんと現実にいそうな人に作り上げてきた。ラストで一男とやり取りするシーンの表情に注目してほしいですね。少年性が強調されがちな人だけど、多彩で豊かな言葉を持つ大人だなと思いましたね」
その他キャストで躍動するのが、かつて九十九と新会社を起業するもたもとを分かった曲者3人組。北村一輝はおなかまわりなどに詰め物をして大柄な男に、沢尻エリカは身をやつし市営住宅の住人に。そして藤原竜也はカリスママネーアドバイザーに。怪しすぎて最後に笑いもこみあげてくる、そんな彼らのアンサンブルの妙にも注目だ。
佐藤と高橋で、原作にもあるモロッコの撮影も敢行。雄大な景色はオープニングやクライマックスで印象的に使われている。「過酷だったけれど、日の出から刻々と砂漠の色が変わってくる。そこを含めて丁寧に撮れたことはよかったと思います」
「もしかしたら、今までで一番悩んだ作品かもしれない。でも最後は作ってよかったと思えた」と言う大友監督。哲学新書のような原作を大スぺクタルな映画へ。その見どころはどこにあるのか。
「いろんな見方ができる作品だと思うんです。僕としては、頭から最後まで痛快に笑ってほしいけれど、僕なりにちょっとした毒も散りばめているのでそれを浴びて帰ってほしいし(笑)。年と共にどんどん遠のいていく友情というものを思い出させてくれる物語でもあるし、お金を巡る様々な金言も盛りこんでいる。観てくださる方がそれぞれ好きに2時間楽しんでもらえたらと思います」
(ライター 前田かおり)
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