ホンダN-VAN ヒット生むビジネス常識を疑う力
ホンダの新作軽商用バンとして19年ぶりに登場したN-VAN。発売から1カ月での累計受注台数は1万4000台超えと好調だが、実はこのN-VAN、一般的な軽商用車とは異なる造りになっている。なぜあえて「常識」に挑戦をしたのか。記事「快作ホンダN-VAN N-BOXの代わりにはなりません」で試乗を終えた小沢コージ氏が、商品開発責任者の古舘茂氏を直撃した。
けっこうな常識破りなのでは?
小沢コージ(以下、小沢) 古舘さん、考えてみるとN-VANってけっこうな挑戦ですよね。今の軽商用車、軽バンや軽トラックはほとんどが運転席下や真ん中床下にエンジンを置く「キャブオーバー」といわれるレイアウト。そのほうが荷室面積は長くなるわけで、かたやN-VANは、同じNシリーズで大ヒット中のN-BOX譲りのFF(前輪駆動)レイアウト。いいところもあるけど、ノーズが長くなってスペース的には厳しい。けっこう勇気がいるような。
古舘茂商品開発責任者(以下、古舘) いりますね。
小沢 デカい商用バンを見ればそれは歴然で、ダントツ人気のトヨタ「ハイエース」にしろ、そのライバルの日産「NV350キャラバン」にしろ、キャブオーバーじゃないですか。結局それがバンの常識で、前列後ろの室内長が3メートル以上ないとプロの職人に使ってもらえない。「デカい畳がそのまま積めないとダメ」みたいな理由で。素人目にはFFミニバンのホンダ「ステップワゴン」やトヨタ「ヴォクシー」の強化商用版で十分な気もするんですが。
古舘 それは軽も同じです。建築業界でいう長さ180センチメートル、幅90センチメートルのコンパネ(コンクリート型枠用合板)が載らなければお話にならないと言われてまして、軽バンでも軽トラでもそれがラクに載るというのがセールスポイント。実はN-VANも数枚なら載るんですけどね。
小沢 素人にはよく分からない、プロならではの目線であり、流儀ですよね。「マグロは大間に限る!」みたいな(笑)。でもよく聞くと、本当に重要なのかなと思う部分もあったりして。
意外と思い込みな部分もある
古舘 そうなんです。今回もいろいろユーザー調査をしましたが、最初はすごく怒られたんです。「これくらい積めなきゃダメだ」と。しかしよくよく「普段どうやって使ってるんですか」とか「どうやって積んでいるんですか」などと聞いてみると、実際にコンパネをコンクリート固め資材として使う場合は、一度に大量に大型トラックで運んで現場に置いておくというし、軽バンで運ぶ場合は「コンパネ1枚持ってこい」とか「これだけ持って帰って」ということも多い。
小沢 なんだ。だったらN-VANで十分じゃないですか(笑)。
古舘 そうなんです。確かにコンパネの平置きはできませんが、助手席を畳んで立てかければ何枚か積めますから。
小沢 そのほかよく言われるFF商用車の欠点としては、トラクションですよね。後ろに重い荷物を積んだ場合、後輪駆動車なら重くなった分、後輪もよりグリップして前に進めるけど、FFはフロントが軽くなって駆動前輪が空回りして進めないという。
古舘 そこも案外FFのままクリアできるんです。FFで一番厳しいのは、リアのオーバーハング(後輪が接地している部分からさらに後ろ側にはみ出した部分)に重い荷物を積んだときじゃないですか。荷重のほとんどがリアタイヤに掛かるので。でもN-VANはリアタイヤがボディー後端ギリギリにあるので、リアオーバーハングがほとんどない。すると荷物の大半は前輪と後輪の間に積めるのでFFでも意外といけてしまう。それを開発初期にかなり試してるんです。
いかに丁寧に常識を突き崩すか?
小沢 つまりFF商用車のネガティブな要素はほとんどないと。それより乗用車であるN-BOXベースで造ることで、FFならではの安定した走りは得られるし、開発コストも抑えられると。
古舘 そうなんです。パワートレインにもN-BOXで開発した最新技術が投入できて燃費面は圧倒的に有利ですし、安全運転支援システム「Honda SENSING(ホンダ センシング)」も投入できますから。
小沢 いいことずくめじゃないですか。他に問題は?
古舘 コンパネ問題が一番大きかったので……。後は荷室サイズですが、N-VANは荷室が短い分、助手席を完璧に床下収納できるので他と遜色ない。他社さんを含め、軽バンは段ボールやミカン箱やビールケースをいくつ収納できるかで、ユーザーにアピールするんですが、その点、(前モデルの)ホンダ「アクティ」は他より少なめでした。そこでN-VANは段ボールが71箱、ビールケースが40個しっかり積めるようにしたんです。
小沢 絶対容量は遜色ないと。それどころかFFにした分、床の高さを低くできて荷物の出し入れはラクになりますよね。
古舘 フロア高はアクティより14センチ低くなっているので有利です。さらにホンダの軽として初の助手席にピラーレス(柱がない)構造を使っているんで横からの出し入れがすごくラクになってます。
小沢 とはいえライバルは長らくこの業界に君臨しているスズキでありダイハツです。どこに一番勝機を見いだしたんですか。
古舘 パッケージ的にいうと勝っているのは低さであり、長尺物の収納性であり、ピラーレスで横の間口が広い部分です。だけど荷室が短いという事実もあり、お客様は悩まれると思います。
小沢 N-BOXのように広さ、走り、質感のすべてで勝っているわけではないと。
古舘 ですから訴求には気を使っています。最初は「コンパネ積めないだろう?」と言われ「はい、積めません」というまでに時間がかかりました。でも今は自信を持って、その代わりに収納性であり、燃費であり、安全性の高さが優れていると言いきれます。
小沢 つまりホンダ流のまったく別の軽商用バンだと、丁寧に説明しているわけか。差ではなく、個性を打ち出すことで乗り切ってるんですね。
古舘 はい、その通りです。
自動車からスクーターから時計まで斬るバラエティー自動車ジャーナリスト。連載は日経トレンディネット「ビューティフルカー」のほか、「ベストカー」「時計Begin」「MonoMax」「夕刊フジ」「週刊プレイボーイ」などに寄稿。著書に「クルマ界のすごい12人」(新潮新書)「車の運転が怖い人のためのドライブ上達読本」(宝島社)など。愛車はロールスロイス・コーニッシュクーペ、シティ・カブリオレなど。
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