エンタメ!

裏読みWAVE

坂本龍一 高校で学生運動、芸大合格したら総スカン 編集委員 小林明

2018/10/12

――坂本さんは父似ですか、それとも母似ですか。

「父と母の両方を完全に半分ずつ引き継いでいる感じですね。こだわりが強くて沈思黙考タイプなのは父の性格。でも、それが長続きせず、楽天的な部分がすぐに顔を出すあたりは母の性格だと思います。音楽作りも、父母双方の要素が混ざっている気がします」

YMO時代に撮られたポラロイド写真。顔にメークを施すことが多かった

――1978年にYMOとして活動を始めたとき、一亀さんが怒ったそうですね。

「赤い人民服を着たり、化粧をしたりしていたので『おまえをピエロにするために音大(東京芸術大学作曲科)にやったのではないぞ』と叱られました。90年代半ば、髪の毛を金色に染めたときには『格好でなく、ちゃんと音楽で勝負せんか』と言われたこともあります」

■砂川闘争で負傷した先輩に憧れ、塩崎・元厚労相らと校長室封鎖

――都立新宿高校時代は学生運動の活動家だったようですね。

「高校に入り、すぐに学生運動の『洗礼』を受けました。ある日、学校に行くと、2年上の先輩が血のにじんだ包帯を頭に巻いていた。驚いて『どうしたんですか』と聞くと、『砂川でやられた』という。在日米軍立川飛行場の拡張に反対する砂川闘争でした。そのとき、映画『大脱走』の主役、スティーブ・マックイーンみたいで格好いいなと無邪気に憧れたのがきっかけです。それで社会科学研究会(マルクス主義の研究サークル)に出入りするようになりました」

――高3秋には同級生だった塩崎恭久さん(後に官房長官、厚労相などを歴任)らと校長室をバリケード封鎖します。

高3だった1969年秋、マイクを手に学生の前で演説する坂本さん(都立新宿高校で)

「僕や同級生だった塩崎、馬場憲治(ホリプロに入社し、マネジャーとして担当していた演歌歌手の石川さゆりさんと結婚。その後、離婚)のほか下級生も含めて数十人で制服制帽や試験、通信簿の廃止など7項目を訴え、校長室を占拠しました。学校の先生たちもその要求に真摯に向き合ってくれて、制服制帽や試験が本当になくなったんです」

「でもその後、僕が東京芸大にストレートで合格すると、友人からは総スカンを食らいました。『試験や学校制度にあれだけ反対していたのに、入試を受けて、自分だけちゃっかり大学に入るなんて裏切り行為だ』と非難されたんです」

エンタメ! 新着記事

ALL CHANNEL