税金や社会保険料は、そもそもの年金額や他の収入、扶養家族の有無、各種控除、居住地域などで変わる。そのため手取りの増額率は個人で異なる。知っておきたいのは70歳まで繰り下げても、増額率は手取りでみると、4割に満たない場合があることだ。一方で年金収入が増えれば「医療保険や介護保険の負担割合が変わり、世帯の支出が膨らむこともある」と堀江さんは注意する。
注意点4 遺族年金は増えない 65歳時点に戻って計算
年金受給者らが亡くなったときに家族に支給される遺族年金でも注意が必要だ。まずは65歳になる前に遺族年金を受給していると、自分の老齢年金を繰り下げて増やすことはできない。繰り下げができるのは、原則として他の年金の受給権が発生するまでなので、すでに遺族年金をもらっていると繰り下げの仕組みは利用できない。障害年金を受け取っている場合も一緒だ。
老齢年金を繰り下げて増額した人が亡くなるとどうなるか。仮に66歳以降に繰り下げて増額した年金を受け取っていた夫が亡くなった場合、妻らは増額した年金を基に計算した遺族年金をもらえると思いがち。だが、実はそうではない。遺族年金は夫が65歳時点でもらうはずだった本来の年金額に戻って計算する。「繰り下げで遺族年金が増えることはない」と社会保険労務士の望月厚子さんは話す。
望月さんによれば「繰り下げしようと待機していて途中で死んだら、遺族は増額した年金を受け取ることができるかという質問も多い」という。この場合も遺族年金は65歳時点の本来の金額で決まり、待機中の分も本来の金額で計算し、「未支給年金」として家族に別途支払われる。
仮に妻が自分の厚生年金を繰り下げても、その後夫が亡くなって遺族厚生年金をもらう場合、増額効果がないに等しくなってしまうこともある。夫が亡くなると妻は(1)自分の老齢厚生年金(2)夫の老齢厚生年金の4分の3(3)自分と夫の老齢厚生年金の半分ずつ──の中から多い年金額をもらうことになる。そもそもの妻の厚生年金額が少なければ、たとえ繰り下げて増額してもやはり(2)が最も高額となり、繰り下げても繰り下げなくても結果は変わらないというパターンがあるからだ。
注意点5 「在職老齢年金」による調整 支給停止部分は増額なし
高齢になっても働き続けて高収入を得る場合に見落としがちなのが「在職老齢年金」による調整だ。シニアが厚生年金に加入して働いて給与や年金額の合計が一定の基準を上回ると、厚生年金の一部、または全額を停止するのがこの制度だ。65歳未満の「低在老」と65歳以上の「高在老」に分かれるが、繰り下げで注意するのは高在老の方だ。待機期間中も65歳時点の本来の老齢厚生年金額に対してこの制度が適用されるので支給調整が発生する。
結論からいうと「繰り下げで増えるのは支給停止されなかった部分だけ。支給停止部分は増額の対象外」(社労士の望月厚子さん)だ。
65歳以上の支給調整の基準額は、月収(給与・賞与合計の月額換算)と本来受け取れる年金月額の合計で46万円(2018年度)。この基準額を上回ると超過分の2分の1が年金月額から差し引かれる。例えば年金が月20万円の場合、月収26万円を超えると減額が始まり、66万円を超えると全額支給停止となる。そもそもの基準額が高いので、企業の役員やオーナーなど収入が多い人が対象だろう。
この場合は65歳以降も厚生年金に加入して働くので70歳までの在職期間に関しては、その分の老齢厚生年金額が上積みされる。ただし、上積み部分は繰り下げ増額の対象にはならない。
(土井誠司)
[日経ヴェリタス2018年10月7日付]