「五輪と一緒ダメなの?」 宮城まり子さんが語るパラねむの木学園の半世紀(上)

17年10月に開いたねむの木の運動会で声援を送る宮城まり子さん
17年10月に開いたねむの木の運動会で声援を送る宮城まり子さん

1964年と2020年の東京パラリンピック。2つの大会と軌を一にするように、重い障害を持つ子供の教育に取り組んできたのが宮城まり子さん(91)だ。「ねむの木学園」を立ち上げて、今年でちょうど50年。園長である宮城さんの目に、障害者スポーツの祭典はどう映るのか。「障害のある人もない人も、なぜ一緒じゃいけないの」という言葉には、障害に対する偏見と戦いながら、絵や歌の才能を引き出そうとしてきた宮城さんの思いがにじむ。

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――20年に東京パラリンピックが開かれます。どんなことを期待していますか。

「パラリンピックのことをよく知らないで、こんなことを言うと叱られるかもしれないけど。私、パラリンピックは嫌い。そんな名前つけなくたっていいじゃない。なぜオリンピックでなくて、パラリンピックっていうの?」

「この人は筋肉がついている、この人は細い。この人は足が長い、この人は短い。みんな、違う。なぜ障害があるというだけで分けなきゃいけないの?(障害がある選手もない選手も)『同じように見てちょうだい』と言って、一緒に走れるといいなあと思います」

――パラリンピックがあるからこそ、障害を持った人が同じ条件で競い合えるのではないですか。

「足の不自由な人がつける義足あるでしょ。バネのように、ビューンと飛ぶやつ。あれだったら健康な足と変わらない気がするの。(義足をつけた選手が勝って)逆さまになったら面白いわね。分かってる。どうせ、(障害のない人に)負けるのよ。でも一生懸命やれば、それはそれですてきじゃないの」

(注)パラリンピックのアスリートのなかには、実際に五輪のメダリストを超える記録を持ち、五輪出場を熱望している人もいる。詳しくは「『五輪で戦いたい』 義足ジャンパー、世界記録に迫る」

「私、走ったりするのはあまり興味ないの。一番好きなのは(各国の参加選手が)全員で集まる開会式。民族衣装を着たり。選手がたくさんいる国もあれば2人くらいしかいない国もあって、それぞれ自分の国旗を持って堂々と歩いている姿が好きよ」

絵でオリンピック目指しなさい

――ねむの木でテレビ観戦したりしないのですか。

「入場行進を子供たちとテレビで見ていたの。(子供たちは)五輪に出たい。でも、出られないじゃん。あきらめるじゃん。どうしてあげたらいいだろうと考えて、『絵でオリンピック目指しなさい、お茶でやりなさい、歌でやりなさい。学校の勉強しなくていいから絵を描きなさい』。むちゃくちゃ言う校長でしょう(笑)」