ゴーン氏が日産社内で認められた瞬間

田中さんによると、ネガティブな前評判を完全に払拭できたのは、ゴーン氏が日産社長に就任して2年目にあたる2002年の春闘での決断だったという。

「最終回答までおおむね5回交渉をするのが慣例ですが、ゴーンさんは5回目を待たずに3回目で労働組合が求める賃上げとベースアップに対して満額回答をしました。決めたのだからあとの2回をやるのは無駄だろうというのがゴーンさんの考え。当時の役員は驚いていましたが、言われてみれば、そうしてはいけないという決まりごとがあるわけではなく、ただ、それまでそのような決断をした人物が誰もいなかったというだけのことでした」

専属広報をしていた約3年間、「セブン・イレブン(午前7時から午後11時まで)」のあだ名がつくほど精力的に働くゴーン氏に食らいつきながら、ひっきりなしに入るマスコミからの取材依頼をさばくなど、田中さんもめまぐるしい日々を送った。

社内改革はまず内部の力で進める

当初、社内にも社外にもほとんど味方のいない環境の中で、ゴーン氏が田中さんに期待したのは「トランスペアレンシー(透明性)」だったという。

ゴーン流を間近で学んだ田中さんは今、日産子会社で執行役員を務めている

「心がけていたのは、ゴーンさんにとって耳の痛い話も包み隠さず伝えることです。伝えるとちゃんと聞いてくれましたし、『伝えてくれてありがとう』と言ってもらえました。ゴーンさんも日産の従業員も共通して願うのは『会社を再建すること』。最終的に会社の利益になることは何かを考えて動く限り、そんなに大きな問題はなかったと思います。私は日産の生え抜きですから、同僚たちからすれば、ゴーンさんには直接言いにくいことも私には言いやすかったでしょうし、ゴーンさんにとってもそれはよかったのかも知れません」

ゴーン氏に仕えたことで、田中さんも「無意識のうちにゴーンさん的な振る舞いが身についた」という。ブラジルに生まれ、フランスで学び、仏ミシュランからルノー、日産へ。異なる組織で結果を出してきたゴーン氏からは、トランスペアレンシーと同時に、ダイバーシティー(多様性)の重要性も学んだ。

「私自身はずっと日産の中にいましたから、ゴーンさんをはじめ、外部から来た人の新鮮な意見を聞いて、ハッとなることは何度もありました。そういう意味で、ダイバーシティーって大事なんだと思いました」

つい最近も、それに近い経験をしてきたという。

田中さんは9月初旬、渡米して米スタンフォード大学ビジネススクールの卒業25周年同窓会に参加した。330人いるクラスメートの6割と再会。すでにビジネスの一線を退き、第2、第3のキャリアを歩んでいる級友も多かったという。

「今回はミニTEDトーク(=様々なアイデアが発表・提案される講演会)のようなプログラムもあり、ナパ・バレーでも比較的古くて大きなワイナリーの経営者、ピーター・モンダビ氏がファミリービジネスに関するスピーチをしました。ほかには米海軍で初めて同性愛者であることを公言した女性や、弟さんがALS(筋萎縮性側索硬化症)になったのをきっかけに、ALSの患者さんを支援する活動をしている女性も来ていました」

日産フィナンシャルサービスでも「ビジネスに近い分野で社会貢献活動なども始められたらいい」と考えている。

田中径子
 日産フィナンシャルサービス 執行役員。1960年東京都生まれ。84年、上智大学外国語学部卒業後、日産自動車に入社。米スタンフォード大学ビジネススクールで経営学修士(MBA)取得。日産でカルロス・ゴーン氏の専属広報を務める。2011年ジヤトコ出向。14年に日産自動車を退社し、駐ウルグアイ大使に就任。18年4月から現職。

(ライター 曲沼美恵)

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