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介護に備える

本人の意思を尊重 英国で成果を上げる認知症ケアとは

日経Gooday

2018/10/12

「新人看護師の中には、『どうして寝てくれないのか分からないが、寝てくれないと困る』と言ってくる人もいます。そういうときは、患者さんのことをもっと理解しなさいと言って突き放します」とヒューゴ博士。もし、その患者に家族がいれば、まず話を聞く。その結果、ある患者は、以前、郵便配達の仕事をしていたことが分かったという。毎朝、2~3時に起きて出勤していたので、その習慣がよみがえり、真夜中に起きていたというわけだ。

では、その患者に対して、どのようなケアをするのか。パーソン・センタード・ケアでは、その人が心地よいと思う習慣を続けることを最優先させる。つまり、この患者は病気で眠れないわけではないので、薬は処方せず、本人がしたいようにさせ、それに合わせて看護師が見守ったり、介助したりするというわけだ。ハマートンコートでは24時間体制で看護を行っているのでそれも可能となる。

パーソン・センタード・ケアでは、そのように患者の意思を尊重するため、理解していない人が見たときに誤解を招く場合もあるという。

「例えば以前、床に座っていると安心するという患者さんがいました。立たせると不安になって、暴れたりするので、患者さんの気持ちを理解した上で、床に座ってもらっていました。しかし、ある日、患者さんのご家族が来て、通路の床に座って足を投げ出している患者さんをスタッフが乗り越えて移動する光景を見たとき、『なんて失礼なことをするのだ』と怒ったのです。多くの施設ではこうした家族の反応を気にし、あるいは説明するのが面倒で、患者さんが望んでも床に座らせず、暴れるなどしたら薬で対処してしまいます。しかし、パーソン・センタード・ケアでは、『床に座っていると安心』という患者さんの気持ちを理解した上で、その意思を尊重するのです。何を評価基準に持ってくるかでケアの仕方や結果は全く違ってきます」とヒューゴ博士。

ある患者はハマートンコートで状態が良くなり退院し、ケアホームに移った。昼間アクティビティーを行い、夕食を取って、寝る時間となり、エレベーターで2階の寝室に移動させようとすると、急に落ち着かなくなり、暴れるようになった。「ケアホームとしては、安定剤もしくは睡眠薬などの薬を処方したいが、どうしたらいいか」とハマートンコートに相談してきたという。

ヒューゴ博士は、まず投薬には待ったをかけた。「我々が最初に行ったのはご家族に話を聞くことでした。娘さんに事情を説明し、思い当たることがないか聞きました。最初は何も思い当たらないということでしたが、しばらくして、『そういえば、母は子供の頃、いたずらをして親から押入れに閉じ込められた体験が非常に怖かったと、認知症になる前に話してくれた』と教えてくれたのです。彼女はエレベーターの狭い空間を見て押入れに入れられた感情がよみがえり、おびえたのかもしれない。そこで、ケアホームにそのことを話して、彼女の寝室を1階に移してもらい、エレベーターを使わない生活にしてもらったところ、症状が治まったのです。まさに彼女の過去を知り、理解したことで改善できた事例です」とヒューゴ博士は話す。

このように、パーソン・センタード・ケアを行うためにはその人の過去、感情、人格を理解することがとても重要となる。これらの症例はパーソン・センタード・ケアの一部でしかないが、こうしたアプローチは自宅で認知症ケアをする家族のヒントにもなるのではないか。むしろ患者さんをよく知る家族の得意分野ともいえるのではないだろうか。

■対応のヒントは個々の患者の人格や経歴にあり

ヒューゴ博士が出演している映画『毎日がアルツハイマー ザ・ファイナル~最期に死ぬ時。』は2018年10月20日(土)より、東京・ポレポレ東中野でアンコール上映が決まっているほか、大阪、広島など全国で順次公開している。詳細は公式サイト http://maiaru.com/(C)2018 NY GALS FILMS 

実際、自宅で認知症の母親のケアをしている関口祐加監督の映画『毎日がアルツハイマー』シリーズを見たヒューゴ博士は、「本人をよく知っている人が、愛情を持ってその人の意思を尊重した対応をすることは、薬を処方し、活動範囲を拘束するような昔ながらの病院が行う認知症ケアに比べ、はるかに優れていることが分かります」と話す。

「認知症と診断されても、誰もが同じような症状や問題を抱えるわけではなく、どのような問題が生じ、それにいつどのように対応すべきかはそれぞれ異なります。対応方法のヒントの多くは個々の患者さんの人格や経歴などにあります。認知症の患者さんをケアすることは大変な仕事ではありますが、その人に対する正しい理解があれば、介護者は自分たちが思っている以上に良いケアをすることができるでしょう」(ヒューゴ博士)

(文 伊藤左知子)

ヒューゴ・デ・ウァール博士
英国国立認知症ケア・アカデミー「ハマートンコート」施設長。1989年、オランダFree University医学部卒業後、英国で精神医学を学び続ける。98年ノーフォーク州で老年精神医学のコンサルタント、2013年南ロンドン認知症ヘルス・ネットワークの臨床ディレクターに就任。17年英国全国の認知症分野を対象にした生涯功労賞のファイナリストにノミネート。英国ロイヤル・カレッジ精神科医、高等教育アカデミーフェロー、世界精神科協会教育部門メンバー。

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