眼鏡を陳列しない メガネの田中は「世界観」で売る
広島を中心に全国約120店舗を展開するメガネの田中チェーンは2018年8月10日、眼鏡を陳列しない実験的な新店舗「g.g.WAREHOUSE 南堀江」(以下、g.g.WAREHOUSE)をオープンした。「メガネの田中」のラボのような位置付けだ。眼鏡の新しい売り方や接客方法を開発していく。
商品を陳列しない店舗が誕生した背景について、メガネの田中チェーン g.g.WAREHOUSEの諏訪英範店長は次のように話す。「眼鏡を買う周期は、一般的に2~3年に1度といわれている。洋服のように頻繁に買うものではないため、そもそも自分がどんな眼鏡が欲しいのか、選び方も分からない人は少なくない。しかも、眼鏡は小さいものなので、店内に大量に並んでいると、どれも同じようなデザインに見えてしまう。いい商品がたくさんあるのに、1本1本すべて見てもらえるわけではない。すごくもったいないと思っていた」
大量に陳列するほうが、顧客が自由に選べる楽しさがあるようにも思える。しかし、必ずしもそうとは言えないようだ。理想は、眼鏡が好きな人はもっと好きになり、眼鏡をかけたことがない人はかけたくなること。自分の価値観を表現できるような眼鏡を楽しく選ぶことができる──そんな店舗を目指したという。
8つのテイストを職業で表現
メガネの田中では、長年にわたって眼鏡を「ファッション」として販売してきた。商品をブランドごとに区切るのではなく、「アバンギャルド」「モダン」「ドラマティック」「アクティブ」「エスニック」「フェミニン」「リラックス」「トラッド」という8つのテイストに分け、顧客の好みに合わせて提案している。この手法は、g.g.WAREHOUSEの前身となるブランド「g.g.」で培った後、メガネの田中の店舗全体へ広げていったそうだ。
テイストごとに分けて販売する方法は、メガネの田中に浸透してきたという。ただ、同じことを継続しているだけでは進化できない。 そこで、g.g.WAREHOUSEでは、売り方を大胆に変更。8つのテイストを職業に置き換え、世界観を作り込んでいこうと考えた。例えば、アバンギャルドはロックミュージシャン、モダンはデザイナー、リラックスはアロマテラピストなど、テイストと職業のイメージを重ね合わせた。ただし、あくまでも実験中なので、職業の種類やその数は変更する可能性があるという。
メガネを陳列しない理由
g.g.WAREHOUSEのコンセプトは、古びた倉庫に価値を見いだしたデザイナーや小説家、ヘアメークアーティスト、自転車職人、ロックミュージシャン、文化人類学者、役者、アロマテラピストとして働く8人のシェアオフィス。1階と2階の店内には8人の部屋を再現し、ディテールを作り込んでいる。
眼鏡は「コンセプトボックス」と呼ぶ小箱に入れて部屋に置いたり、什器の引き出しの中に入れたりしている。「1970年代から80年代に活躍した実在する著名人をモデルにして部屋を作った。各テイストに合わせて、コンセプトボックスに入れる眼鏡を選んでいる」(諏訪店長)
特に注目なのが、コンセプトボックスの中のディスプレーだ。眼鏡のデザインやテイストなど「世界観」を表現するために、小物を使って丁寧に装飾している。そうすることで、眼鏡の魅力を顧客に伝えられるのだという。
「例えば、ヘアメークアーティストの部屋にある眼鏡は、女性から『かわいい!』と言われることが多い。長年、眼鏡店で働いているが、店内に陳列された眼鏡を見て『かわいい』と言う人は見たことがなかった。整然と陳列された状態では、そのかわいさには気づけないと思う」(諏訪店長)
眼鏡店とは思わない
販売する眼鏡は厳選している。眼鏡の価格は、3万円から5万円ほど。取り扱っている商品の約7割が海外でデザインされたものだという。一般的な眼鏡店は、ストックを含めて1000本前後用意している。g.g.WAREHOUSEでは、店内の在庫を含めても約400本、そのうち各部屋に陳列しているのは約200本だ。品ぞろえが少ないことについて諏訪氏は「不安はなかった」という。それどころか、店頭に眼鏡が1本も並んでいない店も考えていたそうだ。それが可能なのは、スタッフの接客のスキルが高いからだという。
「来店客の顔の形や髪形、ファッション、持ち物、たたずまいなどを見ると、お薦めできる商品が4~5本はすぐに思い浮かぶ。勉強会や研修もあるが、スタッフはみんなファッションが好きなので、勉強だとは思っていないはず。実際、ヨーロッパには、店頭に商品がほとんど並んでいない眼鏡店が存在する。商品はバックヤードにそろえていて、店員が来店客のニーズや好みに合わせて提案するというスタイル。本来、それが接客だと思う」(諏訪店長)。g.g.WAREHOUSEの看板は、メガネの田中のマークのみ。眼鏡店であることを、あえてアピールしていない。デイミアン・ホール社長からは「眼鏡店と思わなくていい」と言われているそうだ。
店内には眼鏡の陳列棚がないので、何のショップか分からない。外からはカフェのようにも、インテリアショップのようにも見える。そのため、街を歩いている感度の高い人たちが、「ここ、何か面白そうだ」と来店してくれるという。
「ここが眼鏡店だと説明すると面白がってくれて、眼鏡の楽しさにも気づいてもらえる。ファッションとして眼鏡を楽しむ人を増やすためには、あえて眼鏡店らしくない店のほうが幅広い人に注目されると考えた。かばんや靴のように眼鏡の文化的価値を高めていくためにも、新しい売り方を開発し続ける必要があると思う」と諏訪店長は話す。
(文 西山薫、写真 今紀之)
[日経クロストレンド 2018年9月21日の記事を再構成]
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