地球最古級 謎の古代生物の正体は「動物」と判明
今から5億7000万年ほど前の浅い海に生息していた奇妙な生物たちがいる。これらは、エディアカラ生物群と呼ばれ、グニャグニャした生物と考えられている。エディアカラ生物群は複雑な生命体としては、地球最古級である。ただエディアカラ生物群に関しては謎が多く、生物のグループである「界」のいずれに分類されるかで、議論が絶えなかった。2018年9月21日付け学術誌『サイエンス』に発表された研究で、エディアカラ生物群の1種であるディッキンソニア(Dickinsonia)が動物であることが明らかになった。
ディッキンソニアは、平べったい楕円形をした生物で、長いところで120センチ以上もあった。体の全体に細かい溝があり、真ん中に1本の隆起があることが化石から分かっている。この数十年間は、菌類、原生生物、動物のいずれかに分類されていた。5億7000万年前の動物となると、5億4100万年前に生物の種類が爆発的に増加した「カンブリア爆発」よりも前の話であり、地球最古級の動物にあたる。
論文著者であるオーストラリア国立大学の古生物地球化学者ヨッヘン・ブロックス氏は、「ディッキンソニアは私たちの仲間、動物だったのです」と語る。ディッキンソニアはその後絶滅してしまった。しかし、当時の多細胞生物が進化して、現在の多様な動物が登場した。
「ディッキンソニアの謎については、これで決着したと思います」と、米カリフォルニア大学リバーサイド校の古生物学者メアリー・ドローザー氏は言う。同氏は今回の研究には関与していない。
エディアカラ生物群とはなにか?
ディッキンソニアをはじめとするエディアカラ生物群は、1946年にオーストラリアの南オーストラリア州フリンダーズ山脈のエディアカラ丘陵で最初に発見された。現在の生物とはあまり似ていない。古生物学者のアドルフ・ザイラッハー氏は、2007年のロンドン地質学会誌で「別の惑星の生命体のように奇妙だが、手が届く場所にある」と表現している。
彼らの出現は、小さかった生物が大型化する移行期にあたる。エディアカラ生物群は現時点で50種類が知られており、南極大陸を除くすべての大陸で発見されている。
シンプルな方法で存在しないものを調べる
エディアカラ生物群の研究を難しくしているのは保存の問題だ。体は腐ってなくなっている。化石に残りやすい骨や殻などは持っていないため、エディアカラ生物群の実体は失われ、痕跡だけが残っている。また、これらの生物は進化のごく初期のメンバーで、現代の生物とは違うため、進化の系統樹のどこに位置するかを探るのも難しい。1980年代には、エディアカラ生物群には、独自の絶滅した「界」を与えるべきだと提案する研究者さえいた。
過去の研究は、ディッキンソニアの痕跡の物理的な分析を中心に行われ、その成長と発達、動き回っていたことの証拠、サイズ、複雑さが調べられてきた。今回の研究では、科学者たちは新たな手がかりとして、ステロールというバイオマーカー分子に目をつけた。多くの生物が体内でステロールを作る。ステロールは生物によって、少しずつ違うのだ。
動物が作るステロールがコレステロールだ。「チキンナゲットに含まれている、あれです」とブロックス氏は冗談めかして言う。ステロールはほとんどの動物の細胞膜で重要な役割を果たしていて、細胞への物質の出入りの調節を手伝う。
研究チームはこれまでもバイオマーカー分析を用いて、堆積物中の藻類を探し出してきた。「分析により、その場所の生態系の平均組成が得られます」と、今回の論文の筆頭著者であるオーストラリア国立大学の博士課程学生イリヤ・ボブロフスキー氏は説明する。
エディアカラ生物群の化石の大半が印象化石であるため、バイオマーカーを検証しようとする研究者はこれまでいなかった。しかし、ディッキンソニアのような印象化石(痕跡だけが残っている化石)の中には、有機物の薄い層が残っているものがある。ボブロフスキー氏は、この有機物層の中の炭素を含む物質が、奇怪な生物の秘密を隠し持っているかもしれないと考えたのだ。
ボブロフスキー氏の指導教官であるブロック氏は、当初は懐疑的だった。「最初はクレイジーなアイデアだと思いました」。しかし、野心的な教え子のやる気をくじきたくなかった彼は、研究を進めることを許可した。
なにが明らかになったのか?
ボブロフスキー氏は、エディアカラ生物群の痕跡に含まれる化石化したステロールを調べる方法を開発し、その結果を、周辺の岩石から抽出したバイオマーカーと比較した。
この手法をテストするため、ボブロフスキー氏はまず、エディアカラ生物群の1つ「ベルタネリフォルミス(Bertanelliformis)」に目を向けた。この生物も以前は、藻類、菌類、ひいてはクラゲの仲間ではないかと言われていたが、バイオマーカーは、これがシアノバクテリアの球形のコロニーであることを示していた。彼らは今年、生態学と進化の学術誌『Nature Ecology and Evolution』に分析結果を発表した。
次いでディッキンソニアに目を転じ、ロシア北西部の白海地方でサンプルを収集した。
ブロック氏は、「化石と周囲の海底の分子組成は、はっきりと違っていました」と言う。古代生物の痕跡に含まれるコレステロールの豊富さ(最大93%)は、これが動物であることを示唆していた。これに対して、周囲の海底にはコレステロールはほとんど含まれておらず、代わりにエルゴステロイドという物質を含んでいたことから、緑藻の存在が示唆された。
今回の研究のすばらしさの1つは、分析法の見事なシンプルさにある。米スタンフォード大学の細菌学者ポーラ・ウェランダー氏は、今回の研究には関与していないが、「彼らは、非常にクリエイティブな方法でこの問題に取り組んだと思います」と評価する。「『なぜだれも思いつかなかったのだろう?』と言いたくなるようなシンプルな研究がときどき現れますが、彼らの研究もその1つです」
英オックスフォード大学の古生物学者で数学者でもあるレニー・ホークセマ氏は、今回の研究には関与していないが、彼らの手法は、ほかのエディアカラ生物群の理解にも役立つはずだと期待する。彼女が特に関心を寄せているのは、ディッキンソニアと類縁関係があると思われる、羽根に似たランゲオモルフ(rangeomorph)の化学分析だ。実際、ランゲオモルフはブロック氏らの次のターゲットの1つである。
ホークセマ氏は、「非常に面白くなってきました」と言う。「70年にわたる論争の果てに、ついにエディアカラ生物群の性質が解明されようとしているのです」
なぜこんなに長く残存できたのか?
有機物は時間とともに分解してゆく。コレステロールも例外ではない。けれどもブロック氏によると、コレステロールの分解産物は非常に特徴的で、化石には今でも「コレステロールのオリジナルの骨格」が保存されているという。
古代の痕跡を正確に解釈するために、今日の生物によるステロールの産生やその機能について調べているウェランダー氏は、今回の研究の厳密さを高く評価する。
もちろん、科学の世界に絶対はない。今回の研究は、動物のみがコレステロールを作るということが前提だ。ウェランダー氏は、現在のデータからはこの前提は妥当とされるが、今後、地球上のさまざまな生命についての知識がもっと増えれば、前提そのものが覆される可能性もあると指摘する。
ボブロフスキー氏は古代生物の研究について、「たくさんの不確実性があります」と認めながらも、「バイオマーカーを用いることで、不確実な部分の大半を取り除くことができます」と言う。
ドローザー氏は、「ほかの証拠と考え合わせると、ディッキンソニアが動物ではないと主張することは困難でしょう」と言う。
ディッキンソニアは地球で最初の動物だったのか?
最初の動物が現れた時期は厳密には分かっていないが、6億年以上前だと考えられている。今回動物であることが確認されたディッキンソニアは、これまでに発見された最古の動物の1つである。現在の軟体動物に似たキンベレラ(Kimberella)という動物や、曲がりくねった痕跡を残したミミズに似た動物も、ディッキンソニアと同じくらいの時代に生きていたと考えられている。
今から約5億4100万年前、グニャグニャしたエディアカラ生物群は、その後のカンブリア爆発によって誕生した、棘や鎧で武装した動物に追われて姿を消した。
これらの太古の生物は、今日の地球上を泳ぎ、跳ね、飛び、走り、歩き回る多様な生物に関する理解を深めるのに役立つ。ドローザー氏は、「地球上の生命の多様性と、彼らがさまざまな環境に適応している様子には、驚嘆せずにいられません」と言う。「けれどもそれは、この10億年の間に起きた進化と絶滅の結果なのです。エディアカラ生物群は、その始まりなのです」
(文 Maya Wei-Haas、訳 三枝小夜子、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2018年9月21日付]
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。