「飲み物を買う人は、店頭で3秒で銘柄を決めるといわれます。ですから私は、スーパーのお客さんを観察し、『今、何を考えているのかな』と推測します。調査というより、心の中で会話している感じですね。現在は社内にマーケター向けの研修制度がありますが、当時は完全に職場内訓練(OJT)でした」
――失敗した経験はありますか。
「10年以上前、チューハイの『アワーズ』という商品を出しました。すごく泡がでるというのが売りでした。発売直後はビールのように口に泡がついて楽しい、と買ってもらったのですが、その後が続きませんでした。消費者にとっては『泡があるからいいチューハイ』ではなかったのです。ビールの泡が喜ばれるのは、それがビールのおいしさや品質の証しと受け取られていたからで、チューハイを選ぶ理由にはならなかったのです」
「サントリーは『やってみなはれ』の社風です。失敗を厳しく問われることはありません。ただ、失敗をただ忘れるのでなく、何が駄目だったのか原因を調べるのも仕事のうちです」
「社風といえば、『ほろよい』を発売するとき、『3%なんて、売れるのか』といった意見もありました。でも当時の佐治信忠社長に報告すると、『僕は20代ではないし分からないけど、若い人がいいって言うなら出したらいいのでは』と言ってくれました。社内にそういう雰囲気はあります」
マーケターの視点、すべての仕事に必要
――マーケターに必要な資質は何でしょう。
「人への興味だと思います。好きな人にプレゼントを買おうと思ったら、相手のことを一生懸命調べて考えますよね。マーケティングの仕事も同じです。どれだけ消費者に興味を持って接することができるか。マーケティング理論は便利だし、役に立ちます。でも数学の方程式みたいなもので、理論自体が答えではないのです」
「私は、仕事をしている人は誰もがマーケターだと考えています。マーケターとは消費者だけでなく、取引先や社内の人が『何をどれだけ求めているか』を探るのが仕事です。これは部署に関係なく、働く人すべてに求められる姿勢です。お客様センターで消費者の声を聞き、将来サントリーのファンになってもらえるように対応するのもマーケティング活動です。原料調達から店頭営業まで、すべての仕事のベースにマーケティングがあると思います」
――デジタルマーケティングへの取り組みは。
「今、勉強中です。酒はアナログな分野だと思っているので、取り組みが遅くなっているのかもしれません。でも、伝え方のひとつの手段としてデジタルの可能性は大きいとみています。酒はコミュニケーションツールでもあって、その点はデジタルも同じです。では具体的に何ができるのか。これから考えていきます」
1991年サントリー(現サントリーホールディングス)入社。業務用イタリア食材の輸入販売に携わった後、「DAKARA」や「CCレモン」などのブランドマネージャーを担当。2004年にRTD部門に移り、商品開発やマーケティングを担当。12年から現職。
(笠原昌人)