日本マクドナルドホールディングスのサラ・カサノバ社長兼CEO業績がV字回復している日本マクドナルドホールディングス(HD)。就任5年目となるサラ・カサノバ社長兼最高経営責任者(CEO)の表情も明るい。そのカサノバ氏も、就任直後は業績不振に不祥事が重なり、試練に見舞われた。どん底で彼女が見せたリーダーシップとは。(次回の記事は「チャンスが来たら絶対『Yes!』 マクドナルド社長 」)
■ロシアとトルコで痛感した対話の重要性
――CEOに就任したころは会社の業績は右肩下がり。火中の栗を拾うのはどんな気持ちでしたか。
「就任が決まった時は心が躍りました。日本はマクドナルドにとって米国に次ぐ世界2位の市場。大学院を出てマクドナルド・カナダに入社して以来、ずっとマクドナルドで働いてきましたが、世界トップ10の市場で経営者になることを途中からキャリアの目標にしてきました。ですから、確かに困難だがやりがいのある仕事だと思いました」
――何から手を付けたのですか。
「重要なのはお客様とのコミュニケーションです。お客様の声を直接聞き、マクドナルドに何を望んでいるのか正しく理解することです。同時に、フランチャイズのオーナーや各店舗の店長、現場のスタッフの意見にも耳を傾けなければなりません。時間の許す限り、各地の店舗に足を運び、お客様やスタッフと直接、対話することから始めました」
――イスにどっかと腰をおろし、司令塔に徹するのもCEOの役目では。
ロシアで事業拡大に汗を流したカサノバ社長(右)
「確かにそれも重要かもしれません。しかし、マクドナルドのようなレストラン事業を展開する会社にとっては、最も重要な場所はオフィスではなく現場、すなわち店舗です。ビジネスは常に店舗から生まれ、問題を解決する場も店舗なのです」
「私は『Go! GEMBA』という言葉を好んで使います。英語と日本語を組み合わせた造語で、現場に行けという意味です。何か起きたらまず現場に行きなさい。周りにもそう指示していますし、私自身も現場に行きます。問題がなくても、できる限り現場に行くことにしています。今年もすでに京都や大阪、青森、神奈川などの店舗を回りました」
――現場重視、対話重視のマネジメントスタイルは、どうやって学んだのですか。
「入社の翌年、マクドナルドが進出して間もないロシアに、マーケティングの責任者として赴任しました。モスクワの1号店は繁盛していましたが、マクドナルドを知らないモスクワっ子も依然、多かった。食べ物をソースに浸して食べる文化がないのでチキンナゲットの食べ方も知らない。マーケティングを強化しようにも、ついこの間まで旧共産圏だったため、誰もマーケティングを知らない、広告代理店もない、という状況でした」
「その後、いったんカナダに戻ってから、次にトルコのイスタンブールに派遣されました。トルコもロシア同様、カナダとは言葉も文化も全然違いました。ロシアもトルコも自分の当たり前が通じない世界でしたが、そういう時こそ、自分の当たり前や思い込みを捨て、お客様や現地のスタッフと直接コミュニケーションをとることが大切だということを肌で学びました」
「また、現地での私の重要な任務の一つは、現地の人たちをマーケティング部に採用して彼ら、彼女らを戦力になるよう教育することでしたが、その際も、まずは自分と言葉も文化も違う相手のことをきちんと理解しようと努めました。その後も様々な国に赴任しましたが、この若い時の海外経験が大変役に立ちました」
■異物混入のときは47都道府県すべて回った
日本の消費者の味やサービスへの要求度は世界一高い――04年、日本マクドナルドのマーケティング本部長として初めて日本に赴任しました。
「その時も、大勢のお客様や店舗のスタッフと直接話をすることで、日本市場について多くのことを学びました。日本の消費者は味、サービス、店舗の清潔度、その他いろいろな面において、私たちに対する要求が世界一高いことを知り、非常に勉強になりました」
――2度目の赴任となった今回は、CEO就任後間もなく、原料を仕入れていた中国の食品加工会社による使用期限切れ鶏肉使用疑惑が発覚。その半年後には、複数の店舗での異物混入が報道され、業績低迷に追い打ちを掛けました。
「一連の問題への対応は簡単ではありませんでした。私や会社の実力が試される状況の中、まず取り組んだのは、落ち込んだ消費者の信頼を取り戻すため、鶏肉の輸入元をタイに変更したり、外部の専門機関による店舗の抜き打ち検査を実施したりして、メニューの安全と品質をお客様に保証することでした」
「取り組みのもう一つの柱は、やはり現場に行って徹底的にお客様の声を聞くこと。私自身も47都道府県をすべて回り、お客様、特に小さな子どもを持つお母さん方の声にじっくり耳を傾けました」
「店長やスタッフとも対話を重ねました。ミーティングでは最初に必ず、私のほうからサンキューと感謝の意を伝えました。厳しい逆風の中でお客様に対応するという最も大変な役割を担っているのが、彼、彼女たちだからです。店長たちは非常に率直に問題や要望を伝えてくれました。私にとって貴重な体験でした」
「そうやって全員で作り上げたのが、ビジネス・リカバリー・プランです。原材料の中身や原産国、製造方法などの情報をホームページ上で開示し、さらに商品情報をスムーズに見ることができるよう、商品のパッケージに印刷されたQRコードをより目立つようにしました。店舗の大改装や、無料Wi-Fiの導入なども進めました」
■よいリーダーと偉大なリーダーとの違い
チームの力を最大限引き出すことがリーダーの役割――16年に売上高、利益とも反転し、17年には回復基調が鮮明になりました。
「いくらリーダーやマネジメントチームが素晴らしい計画を作っても、社員やスタッフがその計画を支持し一丸となって実行しなければ、計画は単なる紙切れにすぎません」
「そこで次にしたことは、計画実行に向けチームの一体感を高めることでした。16年、約4千人の社員、フランチャイズオーナー、店長、納入業者を一堂に集め、新スローガン『パワー・オブ・ワン』を打ち出し、一体感強化のための様々な取り組みを始めました。これが結果的に、業績回復の最大の要因になったと思います」
――理想のリーダー像を教えて下さい。
「リーダーはやはり、目標を立てて戦略を描くだけでなく、目標達成のためにチームをまとめ上げ、チームの力を最大限引き出すことが大切だと思います。具体的には、教育の場を用意して能力開発を応援し、キャリアアップの機会を作り、失敗を許容し、常に鼓舞し、士気を高めることが大切です」
「ビジネスリーダーを目指す人が行くビジネススクールでは、どうやって素晴らしい戦略を描くかは教えてくれますが、どうすればその戦略を実行するためにチームを一丸にできるかまでは、あまり教えてくれません。また、国や地域による文化の違いなど、やはり戦略を実行するために大切なことも教えてくれない。それらはやはり、経験を通じてしか、なかなか学べないことだと思います」
「チームが一丸となって高いモチベーションで気持ちよく仕事ができれば、みんな、より一生懸命、仕事に取り組むようになります。それができるかどうかが、よいリーダーと偉大なリーダーとの違いではないでしょうか」
サラ・L・カサノバ
カナダ生まれ。1991年マクドナルド・カナダ入社。2004年、日本マクドナルド・マーケティング本部長。マクドナルド・マレーシアなどを経て、13年、日本マクドナルド代表取締役社長兼CEO。14年から現職。
(ライター 猪瀬聖)
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