風疹流行、患者の9割超は大人 職場での予防が重要
Dr.今村の「感染症ココがポイント!」
気になる感染症について、がん・感染症センター都立駒込病院感染症科部長の今村顕史さんに聞く本連載。今回は現在、首都圏を中心に大流行の兆しがある「風疹」について話を伺った。
●風疹は症状が表れない不顕性(ふけんせい)感染のこともある
●潜伏期間が2~3週間あるため、症状が出ないうちに感染を広げてしまう可能性がある
●風疹はインフルエンザの2~5倍の感染力がある
●主な症状は発熱や発疹、リンパ節の腫れ。大人は子供よりも重症になりやすい
●最も重大な問題は、母子感染による「先天性風疹症候群」
●予防にはワクチン接種が最善策。ただし、妊婦には接種できないため、妊婦と接する可能性がある人がワクチンを接種しておくことが大切
●風疹患者が多く発生している30代以上の男性は特に、積極的にワクチン接種を
●職場での積極的な風疹予防が、「先天性風疹症候群」の予防につながる
風疹患者の9割以上が成人、子供より症状が重い傾向も
――今年の8月ごろから、千葉県や東京都など関東を中心に「風疹」が発生しています。国立感染症研究所の発表によれば、2018年の全国の風疹累積報告数は、8月29日時点で273人、9月5日時点で362人、9月12日時点で496人、9月19日時点では642人と、いまだに拡大しているようです。この傾向は、まだしばらく続くと考えられるのでしょうか。
この連載の第1回「はしか流行 感染を防ぐには予防接種が必須」で取り上げた麻疹(はしか)の場合は、症状が出ない潜伏期間が10~12日間程度あるとお話ししました。一方、風疹にはそれより長い14~21日間程度の潜伏期間があります。そのため、風疹の発生が増え始めた8月末に感染した場合、9月の後半になってから症状が出始めます。
また、風疹は「不顕性感染」といって、感染しても症状が表れない場合もあり、自分が感染していることに気づかずに、人にうつしてしまうことがあります。8月は夏休みで人の移動が多く、潜伏期間中や無症状のうちに二次感染、三次感染と広がっている可能性があります。今後は関東だけでなく、それ以外の地域での発生にも注意する必要があるでしょう。ちなみに、9月12日時点では、愛知県や静岡県、長野県などでも報告があります。
――風疹といえば子供の感染症というイメージがありますが、2012~2013年の流行時には、成人の患者が多かったと聞きます。子供と大人とでは、症状に違いがあるのでしょうか。
2012年には2386人、2013年には1万4344人の風疹患者が報告されていますが、その約9割は成人の発症でした。今年の9月19日時点の報告でも、約97%が成人の発症です。
風疹の主な症状は、発熱や発疹、耳の後ろや後頭部などのリンパ節の腫れ。まれに、急性脳炎や血小板減少性紫斑病などを起こすこともあります。
子供では、発熱がない場合やあっても微熱程度のことが多いのですが、大人では高熱が出ることもあります。また、子供の場合は平らな発疹がポツポツと現れるのが一般的ですが、大人の場合は、その発疹がつながって、全体的に赤くなっていく融合傾向が見られることがあります。
子供の風疹は麻疹と比べて早く治り、軽症が多かったことから、以前は「三日はしか」と呼ばれることもありました。一方、大人は子供よりも症状が重くなる例が多く認められます。とはいっても、重篤な合併症が起こることはまれです。
ただし、妊娠20週ごろまで、特に12週ごろまでの妊娠初期の女性が風疹に感染すると、生まれた赤ちゃんが「先天性風疹症候群」を発症する確率が高いため、妊婦の感染には厳重な注意が必要です。
風疹では母子感染による「先天性風疹症候群」の問題が
――「先天性風疹症候群」とは、どのようなものなのでしょうか。
先天性風疹症候群(congenital rubella syndrome:CRS)は、風疹の母子感染により、生まれた赤ちゃんに難聴や白内障、先天性心疾患などを起こします。2012~2013年の流行時には、45例の先天性風疹症候群が確認されています。ただ、これはあくまで報告数なので、軽症で先天性風疹症候群と診断されていない場合なども含めると、もっと多く発症していることが推測されます。45例の中では残念ながら、その後に命を落としたケースも複数あります。
今年も既に報告がありますが、先天性風疹症候群の症状は出産後しばらくたってから気づくことが多いので、今後さらに報告数が増えていく可能性があるでしょう。
妊婦の感染に厳重な注意が必要と聞くと、男性や子育て世代以外の人はあまり関係がないと思ってしまうかもしれません。しかし、妊婦と接する可能性があるすべての人が、風疹を予防することが、先天性風疹症候群を防ぐことにつながります。
――風疹の予防には、どのような対策が有効ですか?
風疹の感染経路は咳(せき)やくしゃみなどによる飛沫感染なので、空気感染する麻疹に比べると、感染力は低いといえます。ただし、同様に飛沫感染するインフルエンザと比べた場合は、風疹の方が2~5倍感染しやすいといわれています。
風疹は麻疹と同じように、ウイルス疾患ですが治療薬はありません。ですから、ワクチンでの予防が最も有効な対策となります。風疹のワクチンは、1回の接種で約95%、2回の接種で約99%の人が免疫ができるとされています。
ただし、ワクチンを2回接種しても、十分な免疫がつかない人もいます。また、妊婦にはワクチンの接種ができません。インフルエンザのワクチンは、ウイルスの毒性を完全になくした不活化ワクチンなので妊婦でも接種できますが、風疹のワクチンはウイルスの毒性を弱めた弱毒生(なま)ワクチンのため、妊婦には接種できないのです。その意味でも、妊婦と接する可能性がある人が、ワクチンを接種して予防することが重要です。
30代以上の男性は特にワクチンの接種を
――特にワクチンを接種しておきたいのは、どのような人でしょうか。
妊娠を希望している女性は、妊娠前にワクチンを接種しておくことが大切です。ただ、ワクチンの接種後2カ月間は、避妊の必要があります。妊娠前、妊娠中の女性と暮らす家族も、ワクチンを接種しておいてください。
そのほか、風疹にかかったことがない人、かかったかどうか分からない人、ワクチンを接種したことがない人、接種が1回のみの人、ワクチンを接種したことがあるか分からない人も、接種しておくことが勧められます。
自分が風疹のワクチンを接種したことがあるかどうかは、母子手帳での確認が確実です。確認できない場合は、図1の予防接種の状況と自分の年齢を照らしてみると参考になるでしょう。
――この図を見ると、1990年4月2日より前に生まれた人は、ワクチンの接種が1回か、未接種だということが分かりますね。
さらに、図2の風疹患者報告数(2018年9月5日時点)を見ると、男性では40代での発症が最多で、次いで30代、50代以上となっています。女性では20代の発症が最も多く、続いて30代が多く発症しています。その大半は、ワクチンの接種歴が不明か一度も接種したことがない人です。20代の女性については、図1と併せ見て「ワクチンを2回接種しているはずなのになぜ」と思う方もいるでしょうが、そのような世代でもすべての人が接種しているとも限りません。また、既にお話しした通り、ワクチン接種をしても十分に抗体のつかない人もいます。実際、図2を見ると、20代の女性にも、抗体を持っていない人がある程度いることが分かります。
そうしたことがあるとはいえ、男性の方が女性より約4倍も多く発症しているので、ワクチンの接種が1回か未接種の30代以上の男性は、特に、ワクチンの接種が勧められます。
職場ぐるみでの予防が重要
――風疹が多く報告されている30~40代の男性といえば、子育て世代でもありますし、働き盛りでもありますね。
その通りです。ですから、風疹で最も重大な問題となる先天性風疹症候群を防ぐためには、職場での積極的な予防が重要です。先天性風疹症候群を発症する確率が高くなる妊娠初期は、本人が妊娠に気づいていなかったり、周囲にはまだ妊娠を知らせずに働いていたりする場合もあるでしょうから、普段から予防に取り組んでおく必要があります。
例えば、東京都では職場における「感染症対応力向上プロジェクト」を実施しており、その中には風疹の予防対策を推進する「風しん予防対策の推進」コース(http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/iryo/kansen/project/index.html)が設けられています。参加する企業が従業員の抗体(免疫)の保有状況を確認し、抗体を保有していない人には予防接種などを促します。参加企業は「協力企業」として、抗体保有率9割以上を達成した場合は「達成企業」として、東京都福祉保健局のホームページに企業名が掲載される仕組みです。
――そうした対策が企業やほかの自治体にも広まっていくといいですね。
職場単位でできることはたくさんあります。例えば、ポスターや社内報などで風疹の注意喚起や予防啓発の情報を伝えたり、風疹の既往歴やワクチンの接種歴の確認を促し、抗体が十分でない場合は、ワクチンの接種を勧めたりする。風疹が疑われたり診断されたりした人が出た場合に、休みやすい環境づくりをしておくことも大切です。
職場を休む期間に特に決まりはありませんが、一般的には学校保健安全法で定められた出席停止の期間に合わせ、「発疹が消失するまで」とされることが多いようです。実際に風疹にかかった場合は、医師の指示に従ってください。
――ワクチンの接種を希望する場合は、どのようにすればいいでしょうか。
風疹のワクチンには、風疹(Rubella)の単独ワクチンか、麻疹(Measles)と風疹を合わせたMRワクチンがあります。そのほか、海外から輸入されたMMRワクチンもあります。MMRワクチンは、麻疹と流行性耳下腺炎(Mumps/通称おたふくかぜ)と風疹を合わせたものです。
これらのワクチンの接種を希望する場合は、小児科を併設している医療機関や総合病院、小児科診療の可能なクリニック、トラベルクリニックなどに確認してみてください。また、最寄りの保健所に問い合わせてみるのもいいでしょう。
麻疹の場合は2015年から、日本特有の麻疹が3年以上発生していない「排除状態」となっており、海外から持ち込まれる「輸入感染症」となっています。しかし、風疹はいまだに排除状態とはなっていません。今後も国内で発生し、拡大する可能性が十分ありますし、気づかないうちに妊婦にうつし、生まれてくる子供に影響が及ぶ可能性もあるので、ぜひ積極的に予防を心がけてほしいと思います。
(ライター 田村知子)
がん・感染症センター都立駒込病院感染症科部長。1992年浜松医科大学卒業。駒込病院で日々診療を続けながら、病院内だけでなく、東京都や国の感染症対策などにも従事。日本エイズ学会理事などの様々な要職を務め、感染症に関する社会的な啓発活動も積極的に行っている。自身のFacebookページ「あれどこ感染症」でも、その時々の流行感染症などの情報を公開中。都立駒込病院感染症科ホームページ(http://www.cick.jp/kansen/)。
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