中華やフレンチとペアリング 台湾の「日本酒伝道師」
世界で急増!日本酒LOVE(3)
親日家が多い台湾では、日本のテレビ番組も現地チャンネルで毎日見られるほど日本文化が浸透している。そんな台湾で日本酒のさらなる普及に力を入れている人がいる。台湾・日本酒業界の巨匠とも言われるマイケル・オウさんだ。
マイケルさんは台湾で飲食店や日本酒専門店などを経営している料理人で、日本酒の輸入業やセミナー・イベント事業も手がける。
日本酒サービス研究会・酒匠研究会連合会(SSI)が認定する日本酒・焼酎をテイスティングする資格「酒匠(さかしょう)」や、ワイン&スピリッツ・エデュケーション・トラスト (WSET) の日本酒の試験「Level3」、日本ソムリエ協会の「sake diploma」といった専門性の高い酒関連の資格を複数取得している。これらの資格を網羅するのは、日本人でもごくわずかだ。
なぜ台湾人のマイケルさんが日本酒の魅力に取りつかれたのか。
もともとニュージーランドで日本料理店の料理人として働いていたマイケルさん。マイケルさん以外は全て日本人で、独学で日本語と英語を学んだという。
台湾に戻って、今から11年前に「Hanabi」という日本酒と釜飯の店を台北に開業した。店のオーナー兼料理人として、日本酒の種類や料理とのペアリングなどを勉強するうちに日本酒の世界にのめり込んでいった。
「日本酒は奥深くて、本当に面白い。台湾の消費者はもちろん、飲食店を運営する同業者にも、もっと日本酒を広めたいんです」と熱く語るマイケルさん。現在は月1回、日本文化好きの台湾人や、ワインも日本酒も好きという人に日本酒セミナーを開催している。
マイケルさんはSSIの日本酒講師の資格を持っているので、これまでビギナー向けの資格「日本酒ナビゲーター」を台湾で約1700人認定した。さらに台湾SSIの認定校でも教えており、飲食関係者などに「きき酒師」の資格を約400人認定。台湾での日本酒普及に欠かせない存在となっている。
マイケルさんの活躍の場は台湾にとどまらない。時間がある限り、日本各地の蔵元も訪れる。上海には日本酒を専門に教える教室「OuSake Institute」を立ち上げて、2カ月に1度日本酒セミナーを開催している。
マイケルさんは3年前、「SAKAYA」という日本酒専門店も台湾に開業した。せっかくセミナーに参加して日本酒ファンになっても、日本酒を購入する場所があまりにも少なく、高級な外食シーンでしか日本酒を楽しめない、という台湾の現状を変えるためだ。
「オープン当初は日本酒専門の酒店は非常に珍しく、おそらく台湾で初めてでした。でも最近は同じような日本酒の酒店が増えてきましたね」と話すマイケルさん。小売店頭価格は日本の約3倍となる高級な日本酒だが、「家でも日本酒を楽しみたい」という台湾人が確実に増えているようだ。
スーパーでの日本酒の売り場も年々拡大傾向にあるが、日本酒に対する意識が低い店もある。保管方法に配慮しないことで酒の品質が劣化し、購入してもその味にがっかりすることもあるのだという。
台湾や中国で現在、日本酒に興味を持つのは富裕層や飲食店経営者であることも多いが、「日本酒の魅力をアピールする時のポイントは、いかに和食以外の料理とのペアリングを上手に提案できるか」だという。
台湾では、中華やフレンチと日本酒のペアリングも楽しまれている。
「日本酒が和食と合うのは当たり前。フレンチやイタリアン、中華などとのペアリングで新しい魅力を発見できると、日本酒の懐の深さや可能性を理解してもらえます。イベントでは交流サイト(SNS)での拡散もしてもらいやすくなります」とマイケルさん。
例えば、台北のマリオットホテルで8月に開催された日本酒と中華のペアリングディナーには、台湾人のほかに上海からやってきた中国人が参加。現地価格でも決して安くはないコース(約2万2000円)だが、映画監督やアーティスト、飲食店経営者など富裕層をメインに約30人が参加した。
このイベントでは中華料理9品に日本酒を11種類をペアリングした。最近、台湾でもハイボールがはやっており、日本酒ハイボールのウェルカムドリンクからスタートして参加者の関心を引きつけた。
次ににごりスパークリングで乾杯した後、料理ごとに日本酒をペアリングした。食事をしつつ、マイケルさんによる日本酒の詳しい説明に参加者は真剣な表情になって、うなずきながら聞き入った。
すべての中華料理に日本酒が合うわけではない。マイケルさんは「必ず事前に日本酒に合いそうな料理をピックアップする。それらに何種類かの日本酒を実際に合わせてみて、本番ではベストな組み合わせを提案しています」と話す。
料理人であるマイケルさんは自分の舌で確かめながら、時には日本酒に合わせて料理を微調整してくれるようにシェフに依頼したりするという。
海外では酒に強い人も多く、コースでは7種類くらいの日本酒をテイスティングするのがスタンダード。だがこの日は11種類も試飲した。多い時は15種類くらい試飲することもあるという。
大吟醸が好きな人でも、それだけでは飽きてしまうので、純米酒や本醸造酒もコースに組み込む。ワイン好きな参加者が多い場合は酸味の余韻が楽しめるような酒を盛り込んだり、日本酒好きが多ければ淡麗な爽酒も加えたり、と毎回趣向を凝らしてペアリングの構成を考える。「おいしいと思ってもらわないと、売れませんから」というのがマイケルさんの信条だ。
時代の流れを意識することも重要。約10年前から台湾では「八海山」や「久保田」、「獺祭」などが人気だが、最近では旬の「冷おろし」や、扱いに配慮が必要な「生酒」や「無濾過(ろか)」といったジューシーな飲み口の酒も注目を集めているという。日本の酒トレンドはすぐ台湾にも伝わり、現地での日本酒トレンドが生まれている。
一方で、「メイドイン台湾」の日本酒も増えてきている。「玉泉」や「霧峰」といった台湾産の日本酒は、日本から輸入した酒の10分の1程度の価格で出回っており、庶民的な居酒屋などで人気だ。「台湾ではクラフトビールがはやっているので、台湾産のクラフト日本酒も今後、もっと増えてくると思います」とマイケルさんは見る。
「これからも日本と台湾、そして中国と、日本酒にまつわる人たちの思いの架け橋になりたい。そのために、まだまだ経験が必要。たくさん勉強しないと」とマイケルさんは意気込む。台湾出張に行く機会があれば、現地でも日本酒で乾杯してみてはいかがだろうか。現地のビジネスパートナーと日本酒の話で盛り上がれるかもしれない。
(GreenCreate 国際きき酒師&きき酒師 滝口智子)
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