写真はイメージ=PIXTA高齢になり相続税について考える人は少なくないだろう。その際に大切になるのが「2次相続」まで想定した対策だ。自分の死後、遺産を受け取った配偶者が次に亡くなれば、2度目の相続が起きて改めて税負担がのしかかる。今年改正された民法の相続規定(相続法)の影響を含め、上手な対策を探ってみた。
「財産はとりあえず妻に全てあげるのがよいだろう」。こんなふうに単純に考える夫がさらに増えるのでは、と心配する声が相続対策の専門家の間で上がり始めている。
改正相続法には配偶者を優遇する規定が目立つ。例えば婚姻20年以上の妻に家を贈与して亡くなった場合、その家を遺産分割の計算から除くことなどが盛り込まれた。だが、相続法で配偶者が保護されるのと、税金の負担の話は別だ。
税理士の藤曲武美氏によると、これまでも「妻が財産全てを相続する例は多かった」。配偶者は相続税の税額軽減の特例により、少なくとも1億6000万円まで非課税(図A)。たいていの場合、相続税を払わないで済むからだ。
■落とし穴で負担増
だが、落とし穴がある。夫の死亡(1次相続)の後、妻が亡くなると今度は、その遺産を子どもらが相続することになる。いわゆる2次相続だ。そのときに「多額の税金がかかる可能性がある」と税理士の阿保秋声氏は話す。なぜか。
一般に相続財産の中では「家の土地」が大きなウエートを占めることが多い。しかし税制には、その土地の評価額を80%減らせる特例がある(小規模宅地の評価減の特例、図A)。
細かな条件は省くが、配偶者のほか、「親と同居していた子」や「自分の家を持たない別居の子」が相続したケースが対象になる。特例が適用されれば、遺産の金額が圧縮され、税負担は減る。
この特例を有効に使えるか否かによって、税負担は大きく変わってくる。
図Bのような4人家族の例で試算してみた。父の財産が計9000万円あり、長男は親と同居し今後も住み続け、次男は別居し持ち家があるという想定だ。
父が亡くなる1次相続で「ありがちなケース」は前述のように、配偶者(母)が遺産全てを相続するパターン。配偶者の特例などの効果によってこの段階では税額はゼロで一見有利だ。
問題は母が亡くなる2次相続だ。この時点で母の遺産は9000万円ある。これを長男と次男で半分ずつ分けると仮定。土地についても半分ずつ(2500万円)受け取るとする。
同居の長男は、小規模宅地の特例を使えるため、相続した土地の評価額は500万円に減る。一方、条件を満たさない次男は特例を使えず、土地の評価額は2500万円のままだ。
相続税には基礎控除(図A)という非課税枠もあり遺産額から差し引けるが、それでもこの例で試算すると相続税額は320万円になる。次男が相続しながら特例を使えなかった土地の高額評価が計算に響き、税負担が重くなるのだ。
■1次で子にも配分
このケースよりも節税面で有利なのが、はじめから子どもに財産の一部を配分する方法。例えば父の遺産9000万円を3人で「均等に分けるケース」だ(図B)。家は、実際に住む母と長男で分け、次男は預金を受け取るとする。
この場合、母と長男がともに小規模宅地の特例を使え、遺産総額を大幅に減らせる。基礎控除(4800万円)の効果もある。母は配偶者特例も使える。結果的に税金は16万円で済む。
さらに2次相続時の税額をみてもゼロだ。母の遺産3000万円を兄弟で分けることになるが、基礎控除(4200万円)の枠内に収まっており課税なし。特例などの恩恵を最大限に受けている形だ。はじめに母が遺産全てを相続する「ありがちなケース」と比べると1次、2次をトータルした節税効果が大きい。
■配偶者居住権、税制上の扱い注視
もっとも、専門家の間では「相続法改正の結果として将来、有利な節税策が可能になるかもしれない」との見方が出ている。
カギとなるのは、2020年7月12日までに新設される「配偶者居住権」。図Bの例でみると、父の死後、母は一定の手続き(登記)をすることで、家に終身住み続けられる権利を確保することになる。
居住権には一定の財産価値がある。ところが、これは配偶者の保護を目的とするため、本人が亡くなれば「権利は消滅する」(大和総研研究員の小林章子弁護士)と考えられる。
現時点で居住権の税制上の扱いは未定だが、財産価値がなくなれば相続時に「課税対象から省かれると考えるのが自然」(ランドマーク税理士法人の清田幸弘代表税理士)。こうした性格を持つ居住権を活用して税負担を抑えられるようになるかもしれない。図Bの例で居住権が仮に2000万円と評価されたとすると、2次相続では同じ金額分が遺産から省かれることになる。課税対象が減る分、税負担は軽くなる。
配偶者居住権の税制上の取り扱いは早ければ19年度、遅くとも20年度の税制改正で決まることになる。その動向も見ながら、相続対策を考える必要がある。
(後藤直久)
[日本経済新聞朝刊2018年9月22日付]
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