美味!フィンランドの「虫パン」 環境配慮で食通注目
「えっ、すごくおいしい」――今年8月に訪れたフィンランドで、昨年11月に発売され大きな話題となった「ファッツェル・コオロギパン」を食べてみた。同国の大手食品メーカー、ファッツェル社が世界で初めてスーパーで売りに出した材料に虫を使ったパンだ。乾燥コオロギの粉が入っていて、小麦粉ベースのパン1個に70匹分のコオロギの粉(パンの重量の3パーセント)を混ぜ込んでいる。
同社は、国内でインストアベーカリー(スーパーなどの店内でパンを焼き販売する店)を展開しているが、コオロギパンは11店のインストアベーカリーで販売を始め、現在は全57店(取材時)に拡大。特に都市部で人気だが、発売当初より地方からや、輸出についても多くの問い合わせがあったという(現段階では輸出の計画はないらしい)。首都ヘルシンキの大手スーパーでは、一際目立つ場所にコオロギの絵をあしらった緑色のパッケージに入ったパンが並べられていた。
あるアンケートで「国民食」としてライ麦パンを挙げた人が最も多かったという国民性だけあって、パン作りにはこだわりがある。コオロギパンも物珍しいパンというだけではなく、ベーカリーで手作りした焼きたてを販売する本格派。その上材料には、ライ麦粒やヒマワリの種、ゴマなども使用し味わい豊か。おいしいわけだ。
もっとも、ファッツェルのこのコオロギパンは今秋で終了。次の商品に切り替わる。新しく登場したのは「ファッツェル・コオロギロール」。丸いパンで、南東部の都市にある拠点で一括生産するため、販売店が限られた最初の製品とは異なり、すべての小売店での販売に対応できるものだ。
昆虫は、2050年には人口が98億人になるといわれる世界の食糧難に対応できる食材として、2003年より国連食糧農業機関(FAO)が普及に取り組んできた。2013年に発表されたFAOの報告書によれば、昆虫は全世界で1900種以上が既に食用とされている上、生産において環境負荷が少なく、栄養価が高い食材だという。
例えば、家畜牛肉1キロを生産するには8キロの飼料が必要だが、昆虫肉は同2キロですみ、より低資本で生産が可能。また多くの昆虫類は、タンパク質や良質の脂肪を多く含み、カルシウム、鉄分などが豊富だとFAOは指摘する。
フィンランドで食用の虫の飼育・販売が許可されたのは2017年の秋。「欧州連合(EU)諸国の中では7番目とスタートは遅かった」とコオロギ養殖のベンチャー、エントキューブ社の最高マーケティング責任者(CMO)、ヨナス・アールティオ氏は言う。しかし、ファッツェルだけでなく、エントキューブが14年に早々と設立されたり、今年5月には循環経済をテーマとし昆虫を食材として使用するレストラン「ウルティマ」がヘルシンキにオープンしたりと話題が尽きず、今や虫食の先進国として注目されている。
2016年にフィンランドのトゥルク大学が行った調査によれば、同国人回答者の70パーセントが昆虫食に興味があると回答したといい、「北欧諸国の中でも虫フレンドリーな国との調査報告がある」(ファッツェル社)という背景も手伝っているようだ。今年1月には、EUで昆虫が新規食品として規定され、全域で流通が可能になったことも市場の盛り上がりに拍車をかけている。
フィンランドで現在食用として許可されているのは、ヨーロッパイエコオロギ、カマドコオロギ、トノサマバッタ、西洋ミツバチ(およびその幼虫)など6種類の虫。中でも注目されるのは、ファッツェルのパンにも使われた、コオロギ類だ。
アールト大学の学生などによって設立されたエントキューブのアールティオ氏は「コオロギは、世界各地で広く食用とされていて虫食の入門的な食材」という。米農務省(USDA)と同社のデータによれば、コオロギには100グラム中タンパク質が19.5グラム含まれており、牛肉とほぼ同量。鶏や豚を若干上回る。また、コオロギはほかの肉には含まれない食物繊維も含有する。
エントキューブは2017年末より「サミュ」というブランド名でコオロギを使用した商品を売り始めたが、1アイテムでスタートしたものが現在6製品にラインアップを拡大。特に業務用商品が順調で、1年に満たない間に国内で3トン以上のコオロギを販売したという。
「生産・販売の正式な許可が下りてからは、業界が急成長している。2017年初めには5軒ほどしかなかった食用の虫の生産者が、現在は登録生産者だけで40ある。農家にとっては季節に左右されない新しい収入源としても期待されている」とアールティオ氏。ちなみに同社製品については、日本からの問い合わせもあったそうだ。
同社の製品は、コオロギを粉にして使用する他社製品と差別化するためにこれを丸のまま使うのが特徴。2018年の初めには、業務用にローストしたコオロギを発売したが、今夏には一般向けの製品も売りに出した。購買客はスナックとして食べたり、サラダやスープなどに入れたりして楽しんでいるという。
ビジネスで地方よりヘルシンキに訪れたという女性にホテルの朝食で出会った。虫食に興味があるかと聞いてみると、「もちろん。コオロギ入りチリスナックが食べてみたい」と即答。エントキューブのコオロギ食品のひとつだ。ピーナツとトウガラシにローストしたコオロギを合わせたスナックで、1袋に約100匹のコオロギが入っている。
早速、「お薦め」コオロギ食品を試してみようと、これを扱っているという自然食料品店に行ってみた。「人気の商品ですね」と探してくれたが、残念ながら売り切れ。そのほかのコオロギ商品について聞くと、「色々ありますよ。パスタやグラノーラ、チョコレートとか。このチョコレートは人気がありますね」とある商品を指す。ミルクチョコレートとヨーグルト、サルミアッキ(リコリスというお菓子の一種)という3種類のフレーバーのあるコオロギ入りチョコでミルクチョコレートは品切れ中。ヨーグルト味を試してみると、中心部がサクサクとした食感でおいしい。
コオロギ入りと知らなければ、シリアルかなにかが入っていると思っただろう。ちなみに、「このコオロギ商品は人気がなかったんですよね」と聞いた、安売りをしていたコオロギ入りエナジーバーも食べてみた。「味が問題なんだろう」と思ったが、意外や意外。これがリピートしてもいいぐらいにおいしい。ただ、しっとりとした食感で、パッケージには「17匹のコオロギ入り」とあるものの、その実感はない。せっかく食べるならば、「コオロギ食べているよね」という実感が湧く商品を選ぶということかもしれない。
アールティオ氏によれば、エントキューブ製品の主な顧客は、環境問題に関心が高い人や新しい食材に目がない食通だ。そうしたニーズを反映してか、先のレストラン「ウルティマ」だけでなく、フィンランドでは様々な飲食店で虫を使い始めているようだ。
そんな中、ミシュラン1つ星店「レストラン・ルオモ」のオーナーシェフであったヨウニ・トイヴァネン氏を引き付けている食用虫は、アリとハチの子。同氏は月に一度、「レストラン・ワイルド」として限定24席のディナーをヘルシンキで開催している。フィンランドの様々な自然をテーマにしたコース料理を提供しているが、今年3月には虫をテーマにしたディナーを催し、メニューには、コオロギのセビーチェと共に、ラム肉とアリの料理やハチの子のおかゆなどが並んだ。
「アリやハチの子にはナッツのような風味やうまみがある。アリの苦味もいいアクセントですね。ハチの子はローストしてもいいし色々な食材に合います。特にチョコレートやクリーム、バターと相性がいい。アリは、例えば生肉やリンゴと合わせた料理が好きです。サワークリームと合わせてもおいしいですよ」(トイヴァネン氏)。同レストランでは、8月末の別テーマのディナーでも、ハチの子を料理に取り入れていた。
予約困難な「レストラン・ワイルド」の料理を味わうことはできなかったが、「サミュ」の人気コオロギスナックをマネて、ピリ辛味のピーナツと一緒にロースト・コオロギを食べてみた。これが想像以上にいける。歯に細い脚がはさまりやすいのが玉にキズだが、サクサクとしたコオロギの食感とナッツの濃厚な風味がよく合うのだ。
虫食が日本の日常の風景になるときも、そう遠くはないかもしれない。
(フリーライター メレンダ千春)
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