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クラシックDJ、AoiMizuno 名盤を換骨奪胎 ディスク・今月の3点(最終回)

2018/9/30

「クラシックDJ」に興じる水野蒼生(写真提供=ユニバーサル クラシックス&ジャズ)
「MILLENNIALS-WE WILL CLASSIC YOU-」
Aoi Mizuno(水野蒼生)

ユニバーサルミュージック傘下のクラシック名門レーベル「ドイツ・グラモフォン」(DG)が創立120周年を記念、名盤に現代の感性とテクノロジーで大胆なミックスを施し、まったく新しい音楽体験を生み出すアルバム「MILLENNIALS」(ミレニアルズ)を発売した。作品を選び、40以上の音源を駆使して7曲の「作品」に仕上げたのはザルツブルク留学中の24歳で自身がミレニアル世代に属する指揮者、水野蒼生だ。スコア(総譜)を分析しながら、録音年代や音質がまちまちな音源の大小の幅(ダイナミックレンジ)や色彩を整え、「屋外を移動中にこそ聴いてほしい」サウンドに仕上げた。従来のリミックス盤やコンピレーション盤とは完全に異なる制作手法から史上初の「クラシックDJ」を拝命、アーティストネームもローマ字で「Aoi Mizuno」と表記する。

9月12日午後10時。東京・お台場の「森ビル デジタルアート ミュージアム:エプソン チームラボ ボーダレス」。デジタルコンテンツ制作のチームラボによるアート、「人々のための岩に憑依する滝」の空間でDGのクラブ風イベント「イエローラウンジ東京2018」が始まった。ジャズピアノの山中千尋トリオ、クラシックピアニストのアリス紗良オット、チェロの巨匠ミッシャ・マイスキーが演奏する前後、水野は調整卓の前に立って「ミレニアルズ」からの3曲を会場の雰囲気に合わせ、ライブとして流す作業に没頭していた。日本の音楽大学に「我慢ができない」といい、半年で退学して欧州へ飛び出した異端児だけに、R・シュトラウスやストラヴィンスキー、マーラー、ベルリオーズ、ベートーヴェンなどを縦横につなぎ、全身を陶酔したように動かす姿からして、異彩を放つ。

水野が目指すのはあくまで「自分と同世代で、クラシック音楽に興味はあるが、どうやって接近していいかわからない、カルチャーに敏感な連中との橋渡し」である。「『このトラックの何分何秒あたりが気に入った』と思ったら、次はオリジナルの音源をぜひ聴いてほしい」と願う。「同一音源の繰り返しに『おかず』として別の曲をはさむ」といった工夫を重ね、パズルのように完成したアルバムには意外なほどの流れと統一感がある。水野が編んだテキスト(筋立て)には一貫したコンテキスト(文脈)が備わり、クラシック音楽の作品と演奏の歴史に対し、ちゃんとしたリスペクトを感じさせるのがさわやかだ。(ユニバーサル)

メシアン「歌劇『アッシジの聖フランチェスコ』」全曲
ヴァンサン・ル・テクシエ(聖フランチェスコ=バリトン)、エメーケ・バラート(天使=ソプラノ)、ペーター・ブロンダー(重い皮膚病を患う人=テノール)ほか
新国立劇場合唱団(合唱指揮=冨平恭平)
シルヴァン・カンブルラン指揮読売日本交響楽団

2017年の日本楽壇に、ひときわ高い頂点を築いた奇跡の名演奏が1年を待たずして入念な編集を施され、非常に高い完成度のライブ盤として出現した。

「アッシジの聖フランチェスコ」は20世紀フランス作曲界の巨人、オリヴィエ・メシアン(1908~92年)が晩年に全身全霊を傾け、75~83年に作曲(台本も自ら執筆)した3幕8場の大作オペラ。キリスト教の聖人、アッシジの聖フランチェスコに焦点を当て、メシアン自身のカトリック信仰と死生観、作曲技法、鳥の声など自然界への愛着のすべてが一体となり、壮大かつ深遠な音の伽藍(がらん)を築く。

世界初演は83年11月28日のパリ・オペラ座で、小澤征爾が指揮した。小澤は3年後、新日本フィルハーモニー交響楽団を指揮して日本にも作品を紹介するが、さまざまの事情からオラトリオ(宗教音楽の一つ)形式の部分初演にとどまった。記者は全曲体験を長く望み、92年のザルツブルク音楽祭がピーター・セラーズに演出を委ね、エサ・ペッカ・サロネン指揮ロサンゼルス・フィルハーモニー管弦楽団が管弦楽を担った全曲上演(題名役はジョゼ・ヴァン・ダム)に駆けつけ、積年の渇をいやした。今回のライブ盤はその四半世紀後、メシアン没後25周年に実現した全曲日本初演の貴重な記録。滋賀県立芸術劇場びわ湖ホールへの客演を除き、2017年11月19日と26日、東京・サントリーホールでの2公演から最良の部分を合体している。長くカンブルランと読売日本交響楽団のCDを制作してきた「ALTUS」レーベルのプロデューサー・エンジニア、斎藤啓介にとっても今までで最も膨大で困難な編集作業だったと思われるが、素晴らしくクリアな音に仕上がった。

フランス人マエストロ(巨匠)のカンブルランは読売日響の演奏会形式以前に世界各地で24回、「アッシジ…」の全曲を指揮しており、作品を完全に手中に収めている。10年から常任指揮者を務めてきた日本のオーケストラ、新国立劇場の日本人合唱団、作品に初めて挑む、あるいは仏語を母国語としない歌手も少なからず含まれたキャストの全員を根気よく指導し、作品の神髄を吹き込んだ。本番ではすべてが理想的にかみ合い、休憩2回を交えて5時間半の長い上演が短く感じられるほど充実した音楽の時間に満たされた。マエストロは余裕しゃくしゃく、超大作の指揮を楽しんでいるかのように見えた。完売の演奏会は大成功を収め、読売日響が同年のサントリー音楽賞、ミュージック・ペンクラブ・ジャパン音楽賞、「音楽の友」誌「コンサートベストテン」の第1位など、あらゆる栄冠に輝いた。

目を閉じて、4枚組のCDにじっくりと耳を傾けてほしい。フランス語の響きの美しさだけでも十分、「陶然」の名に値する。だが何より、日本人が西洋音楽最大の媒体(メディア)のオーケストラという魔物? に魂を奪われてから約1世紀を経て、自分たちでここまで高度の芸術表現、演奏技巧を身に付けた奇跡に、深い感動を覚えることだろう。(キングインターナショナル)

J・S・バッハ「平均律クラヴィーア曲集第2巻」
イリーナ・メジューエワ(ピアノ)

ミレニアル世代のクラシックDJも20世紀のメシアンも、そして多種多様の音楽ジャンルを享受する21世紀の私たちも、全員が「音楽の父」と呼ばれる18世紀音楽の大作曲家ヨハン・セバスティアン・バッハ(1685~1750年)が築いた基礎の恩恵に浴している。

例えば、ピアニストをはじめとする鍵盤楽器奏者にとって、「鍵盤楽器が調律を変更せず、あらゆる調で演奏できるよう、好ましく調律された」状態を意図した「平均律クラヴィーア曲集」は、「旧約聖書」の価値があるとされる。1722年完成の第1巻、42年完成の第2巻とも長短24の調性による「前奏曲とフーガ」で構成される。最初は教育用に書き始めたので、耳慣れた旋律は第1巻に多いが、作曲年代に約20年の開きがあるだけに、第2巻の方により深い味わいがあり、作曲技法も複雑高度化している。

1975年に旧ソ連のゴーリキー(現在のニジニ・ノヴゴロド)市で生まれた女性ピアニスト、イリーナ・メジューエワもまず第1巻を2014~15年に録音、第2巻は2年の時間を隔て、17~18年に完成した。往年のスヴャトスラフ・リヒテル、タチアナ・ニコラーエワから現代のコンスタンチン・リフシッツやアレクサンドル・メルニコフに至るまで、ロシアには自国の作品だけでなく、バッハの演奏解釈にも秀でた名ピアニストの系譜がある。メジューエワも間違いなくその系譜に属する名手であり、文学や哲学、日本文化など、持てる知識と教養、技巧のすべてを費やし、バッハの深奥を究めようと努める。

97年に日本人レコード制作者と結婚、現在は京都市を本拠とする。「平均律」全2巻はお気に入りの収録会場、富山県魚津市の新川文化ホールのスタインウェーで録音した。何より完全に鳴りきり、純度の高いピアノの音に耳を奪われる。練習曲だからといって、楽譜の「縦」の線をきっちり合わせる作業にきゅうきゅうとはせず、「横」の流れの上に和声を重ねていくので、聴く側も作品の内側へと無理なく引き込まれる。構造をしっかりと把握し、アーティキュレーション(分節法)もフレージング(旋律の歌わせ方)も、ごく自然に処理されるため、CD2枚を一気に聴き通せる。

21年前。結婚披露宴代わりの昼食会で、メジューエワは日本の友人や関係者に対し「今日は私たちのためにありがとうございます。いつの日か、私がもっと日本に慣れたら、今度は皆さんのために何かできる日が必ず来ると信じ、頑張ります」と深々、頭を下げた。ほんの数年で日本語をマスター、歌舞伎など日本の伝統文化には並みの日本人より詳しくなり、幼稚園や小中学校で日本の子どもたちに語りかけながら、ピアノを弾く活動もこつこつと続けてきた。日々の地道な積み重ねのすべてが音楽へと還元された結果、これほど味わい深いバッハが生まれたのだとしたら、今度は私たちが頭(こうべ)を垂れる番だ。(若林工房)

(敬称略)

(NIKKEI STYLE編集部 池田卓夫)

MILLENNIALS -WE WILL CLASSIC YOU-

演奏者 : Aoi Mizuno
販売元 : ユニバーサル ミュージック
価  格 : 2,700円 (税込み)


メシアン : 歌劇 《アッシジの聖フランチェスコ》 (Messiaen : Saint Francois d'Assise / Sylvain Cambreling | Yomiuri Nippon Symphony Orchestra) [CD] [国内プレス] [日本語帯・解説・歌詞対訳付]

演奏者 : シルヴァン・カンブルラン, 読売日本交響楽団
販売元 : ALTUS
価  格 : 4,328円 (税込み)


平均律クラヴィーア曲集 第2巻 イリーナ・メジューエワ(ピアノ)(2CD)

演奏者 : Johann Sebastian バッハ Bach
販売元 : 若林工房
価  格 : 3,700円 (税込み)


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