和牛、赤身ブームで新境地 経産牛も放牧で味濃く
アンガス牛などおいしい海外産の牛肉の登場で始まった赤身肉ブーム。そんな赤身肉ブームが和牛の世界に変化をもたらしている。これまで「おいしい和牛といえば、サシのしっかり入った黒毛和牛」というイメージが強かったが、ここ数年、短角牛など黒毛以外の和牛にも注目が集まっている。「安い肉」というイメージが強かった出産を終えた肉の中にもおいしいものが登場。和牛の常識が大きく変わろうとしている。
「和牛」と聞いて、まず思い浮かぶのが松阪牛や神戸牛に代表される「黒毛和牛」。脂が多く、口の中でとろけるような味わいは海外にもファンが多い。国内で飼育される和牛の9割以上が黒毛和牛だ。しかし、実は和牛は大きく分けて4種類ある。黒毛以外の「褐毛和種」、「日本短角種」、「無角和種」は赤身がおいしい品種とされ、最近の赤身肉ブームにのって注目を集めている。
短角牛、赤身とサシのいいとこ取り
本当に和牛の赤身はおいしいのか。食べてみないとわからない、と向かったのは東京・六本木にあるレストラン「Union Square Tokyo」。同店では1カ月ほど前から和牛の一種である短角牛のステーキを提供している。短角牛は東北地方北部原産で濃い茶色の毛が特徴だ。和牛は人工授精による繁殖が主流となっているなかで、多くが自然交配というから驚きだ。春から秋にかけて放牧されて育つ。
塩とコショウでシンプルに味付けされたステーキを一口ほおばる。口の中でさっと溶ける黒毛和牛とは違いしっかりとしたかみ応えがあるが、かみ切れないような嫌な硬さはない。食べ応えがあり「肉を食べている」という満足感がある。霜降り肉にはない濃い肉の味わいに加え和牛特有の脂の甘さがある。「赤身も脂のうまみもバランス良く楽しみたい人にお薦めしている」(料理長の松田好史氏)。
いわゆる黒毛和牛を食べたいと思っている人には脂の少なさが物足りないかもしれないが、連日の外食で胃が疲れてしまった記者には、このくらいがちょうど良い。150グラムほど食べてもまだおなかに余裕を感じた。
松田氏によるとあか牛が有名な褐毛和種は短角牛と比べてもう少し脂分が多く、赤身の柔らかい肉を食べたいと思う人にはお薦め。無角和種は山口県阿武郡で飼育され、毎月の出荷が3~4頭程度で、県外に出回ることが少ないという。
Union Square Tokyoを運営するワンダーテーブル(東京・新宿)では2015年から岩手県山形町の委託農場で短角牛を飼育している。2018年に入り供給が安定してきたことから、提供する店舗や期間を広げている。現在は入荷した時の限定のメニューだが、19年春からはレギュラーメニューにする。他にもしゃぶしゃぶ店「モーモーパラダイス」やブラジル料理店「バルバッコア」の一部店舗でも提供予定だ。
お母さん牛、野草食べておいしく
これまでは人気がいまひとつで、価格も安かった肉も赤身ブームと生産者の努力により再評価され始めている。兵庫県香美町で神戸牛の元となる但馬牛の子牛を繁殖する田中畜産では、繁殖の役目を終えた母牛(経産牛)を半年ほど放牧した放牧経産牛を出荷している。
通常の肉牛の飼育期間が2年半ほどと短いのに対し、放牧経産牛は10年を超える。通常であれば繁殖牛としての役目を終えてすぐ、肉牛として和牛の3分の1以下の安値で出荷される。田中畜産では春から秋にかけて約半年放牧。牧草ではなく放牧場の野草を食べさせて育てる。
毎年、冬になると2~5頭ほどを30種類の部位にわけてインターネットで販売。価格はサーロインで100グラム2000円ほどと高級和牛顔負けの価格だ。半年間放牧しているため、神戸牛の遺伝子を持っていてもサシはほとんどないが「肉の味が濃く、甘みも強い」(田中一馬代表)。数量も少ないため販売するとすぐ完売するといい、食のプロにもファンが多い。ネット通販以外では神戸市のレストラン、MOMOKAで食べることができる。
様々な味を楽しめる実は個性豊かな和牛の世界。食欲の秋、自分好みの牛肉を探してみると楽しいかもしれない。
(渋谷江里子)
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