有森裕子 相次ぐ災害で考えるチャリティーランの意義
西日本豪雨の被災地となった故郷・岡山で感じたこと
9月に入り、少しずつ秋の気配も感じられるようになってきました。ランニングを楽しむには絶好の季節がやってきます。寒暖の差が大きくなり、夏の疲れも出てくる頃だと思いますので、記事の最後でも詳述しますが、くれぐれも体調管理には気をつけてくださいね。
さて、先の9月1日は防災の日でしたが、2018年は本当に多くの水害や地震に見舞われています。7月には、西日本を中心に広い範囲で集中豪雨があり、河川の氾濫や土砂崩れにより死者200人を超える大災害となりました(西日本豪雨、正式名称は平成30年7月豪雨)。
その後もたびたび台風が接近・上陸し、9月初旬には、今年最強クラスの台風21号や、最大震度7を記録した北海道の地震により、甚大な被害が発生しました。不幸にしてお亡くなりなった方々のご冥福をお祈りするとともに、被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。
西日本豪雨で大きな被害を受けた倉敷市真備町を訪問
今年はあまりに度重なる自然災害、そして災害級の猛暑のニュースが頻繁に流れているため、いつどこで何が起こったのか、既に記憶が混乱してしまっている人も多いのではないでしょうか。
7月の西日本豪雨で被害が大きかったエリアでは、あれから2カ月たった今でも、避難所や、かろうじて浸水を免れた自宅の2階部分などで過ごしている方々がたくさんいます。ですが、今やそうした報道はほとんどなくなり、被害地域から離れた場所に住み、日々の忙しさに追われる私たちの記憶からは少しつずつ薄れてきているのが、悲しいかな現実のように感じます。
私の故郷である岡山県でも、いまだに大勢の人たちが避難所生活を強いられています。8月中旬に私は、代表理事を務めるNPO法人ハート・オブ・ゴールドの活動の一貫として、倉敷市真備町などの複数の避難所を訪問しました。避難所となった学校の体育館などで夏休みを過ごした子どもたちに、少しでも何かできればと思い立ったのです。
真備町地区は皆さんもご存じの通り、小田川の堤防が決壊して町の広範囲が浸水し、一時8000人以上が避難を余儀なくされた地区です。今回、1カ月以上たってからの現地入りでしたので、水は引いていましたが、建物は残っていても家財道具は流され、浸水のために住める状態ではなくなってしまった家がたくさんありました。いったん水が入ってしまうと、汚泥を取り除いても住めるようにはなりません。経済的にも、精神的にも大変な様子が見てとれました。
避難所生活を続けている子どもたちとスイカ割り
避難所では、子どもたちと一緒にスイカ割りをしたり、かき氷を食べたりして遊びました。本当は、一緒に走ったり、運動したりして楽しみたかったのですが、それはまだ早いと判断しました。災害によって負った心の傷は、そんなに早く癒えるものではありません。避難所生活が長引くほど不安が大きくなったり、一見、元気そうに見えても精神的に不安定になったりする子どもも少なくないでしょう。いつ日常に戻れるか分からない状態が続いているのですから、そうしたメンタル面にも気を配りつつ、まずは純粋に楽しめる、夏休みらしいことを体験してほしいと思ったのです。
避難生活をされている方々にお話を伺うと、災害直後は連日テレビの報道も入ったし、多くの著名人や支援者が励ましにきてくれたそうです。しかし、8月以降その数は激減し、今は報道されることもほとんどなくなったとおっしゃいます。ボランティアの手もまだまだ足りません。「われわれは世の中から忘れられていくのではないか」と、不安な心情を打ち明けてくれた人もいました。
岡山はもともと災害の少ない地域だったので、水害保険に入っていなかった方も多く、家の再建が難しいという方もいらっしゃいました。半壊した家の補修費用とローン返済の二重苦で途方に暮れている方も…。
そんなお話を伺いながら、報道機関にはぜひとも現地の状況を伝え続けてほしい、そして私たちもこの災害を風化させてはいけないと思いました。
9月17日には再び被災地に伺い、今度は「チャリティーラン」という形で子どもたちと一緒に走って楽しめるようなイベントを開催したいと考えています(チャリティーリレーマラソン in そうじゃ)。学校が2学期に入って、避難所の状況が変わっているかもしれませんが、恐らく体育館が避難所になっていて使えないところもあると思うので、子どもたちが自由に体を動かす機会が減っている可能性もあります。プライバシーの確保が難しい避難所生活で知らず知らずに溜まっているストレスや、運動不足を解消することが、心身の健康においても大事だと思います。
岡山では、「災害支援ネットワークおかやま」が市民主導で立ち上がり、新しい形の支援活動が広がっていました。ハート・オブ・ゴールドも仲間に入り活動しています。これからも被災地に視線を向け続け、少しでも現地の皆さんが元気になるような活動を続けて行きたいと考えています。
マラソン大会にチャリティーの役割を
被災地をサポートする方法の1つとして、マラソン大会の活用があります。上記のような小規模なチャリティーランだけでなく、既存のマラソン大会をチャリティー大会として、参加費や協賛金の一部を被災者への支援に充てるというものです。私がハート・オブ・ゴールドを設立したきっかけとなったアンコールワット国際ハーフマラソンは、まさにカンボジアの障がい者、子ども達を支援するチャリティーマラソンです。
来る11月11日には、私が毎年唯一フルマラソンを走るおかやまマラソン2018が開催されます(例によってまだ練習ができていないのですが、今年も走ります!)。参加者のエントリーは既に終わっていますが、「おかやまマラソン+西日本豪雨チャリティーラン」などという形で打ち出し、参加者やスポンサーから義援金を募る方法もあるのではないでしょうか。
また、2019年2月24日には、岡山県総社市でそうじゃ吉備路マラソンが開催されます。そうじゃ吉備路マラソンは、フル、ハーフ、10km、5km、3km、1.5km(ファミリーラン)、800mラン(ファミリーラン)と、コースが細分化されており、実力に応じたコースを選んで参加しやすい大会です。その参加費をチャリティーとしてたった100円増やすだけでも、地元・被災地への大きなサポートになるのではないでしょうか。参加者も走って楽しんで、そしてそのことが誰かの支援になるのです。
岡山に限らず、マラソン大会は日本各地で開催されています。そうしたチャリティーの発想を運営側が持てば、大会を開催する意義も変わってくるでしょうし、参加者の意識も変わるような気がします。大事なのは、寄付はもちろんですが、「ずっと忘れていないよ、応援しているよ」という被災者に向けたメッセージを送り続けることだと思うのです。世界6大メジャーマラソン(東京、ボストン、ロンドン、ベルリン、シカゴ、ニューヨークシティー)は皆チャリティーマラソンで、大きな力を発揮しています。
マラソン大会は、人々が楽しく健康に生き生きと暮らすためのイベントであり、チャリティーの役割を積極的に担うべきものだとも思うのですが、運営側はもちろん、大会に参加されるランナーのみなさんのお考えも聞いてみたいところです。
11月のレースに向けてホップ・ステップ・ジャンプするには?
そんな今秋の大会に参加予定の皆さんの中には、どんなふうに調整をしていけばいいかと、迷いながら練習メニューを立てている人もいることでしょう。例えば、11月開催のレースに出場する人は、この3カ月でホップ・ステップ・ジャンプを目指して本番に臨みたいところですが、そのために9月に心がけてほしい点は、猛暑による疲れを取ることです。疲れが残ったままタイムを狙うようなスピード練習をすると、ケガをしやすくなるためです。
疲れを取るには、十分な睡眠やバランスのとれた食事に加え、日々のストレッチやマッサージなどが効果的です。自分で体を触ってみて、硬くなっているコリや痛みがあればほぐしてあげる習慣を持つといいですね。夏場の練習をがんばったご褒美として、プロのマッサージを受けてケアしてあげるのもお勧めです。
そうしたケアを十分に行ったら、10km、ハーフ、フルマラソンという風に、段階ごとに距離を伸ばしていき、走りながら自分の状態を確認しましょう。もし疲れが残っているとしたら、最初から最後までイーブンペースで走るペース走を行った場合に、タイムに影響するはずです。自身の疲れ具合を確認しつつ、暖かい9月は、1000mほどのインターバルトレーニング(バックナンバー「有森裕子 中上級ランナーにインターバルトレーニング」参照)といった、少しスピードを上げて走る練習をして、体に刺激を入れてもいいかもしれません。大会間近の10月後半になったら、フルマラソンの目標タイムより少し早いペースで、ハーフマラソンなどに挑戦するといいでしょう。焦らず自分の体と対話しながら、本番に向けて準備をしていってほしいと思います。
(まとめ:高島三幸=ライター)
元マラソンランナー。1966年岡山県生まれ。バルセロナ五輪(1992年)の女子マラソンで銀メダルを、アトランタ五輪(96年)でも銅メダルを獲得。2大会連続のメダル獲得という重圧や故障に打ち勝ち、レース後に残した「自分で自分をほめたい」という言葉は、その年の流行語大賞となった。市民マラソン「東京マラソン2007」でプロマラソンランナーを引退。2010年6月、国際オリンピック委員会(IOC)女性スポーツ賞を日本人として初めて受賞した。
[日経Gooday2018年9月11日付記事を再構成]
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