写真はイメージ=123RF前回の「老後設計の大きな誤解 年収多い人ほど生活資金が必要」で、日本でよくいわれる「退職後の生活に関する誤解」を説明するために3つの掛け算を紹介しました。この3つの掛け算のうち2つを使うと、自身の退職後の生活資金総額を概算として知ることができます。具体的な計算方法としては、「最終年収」×「目標代替率」×「退職後年数」=「退職後の生活資金総額」です。
これを使ってまずは退職に備えてどれくらいの資金を用意していかなければならないのかを考えていきましょう。フィデリティ退職・投資教育研究所が算出した「目標代替率68%」と、60歳の方の生存確率20%を前提にした夫婦の「退職後年数35年」を先の式に入れてみます。退職直前の年収が600万円の場合、600万円×68%×35年で1億4280万円が必要総額となります。かなり大きな金額で驚かれるのではないでしょうか。
イラスト:小迎裕美子ただ、これは必要総額ですから、公的年金でかなりの部分を賄うことができます。50代になれば「ねんきん定期便」で公的年金の受給額の推計値を知ることができます。「妻が40年間専業主婦」を前提にした標準世帯で20万円くらい、「夫婦共働き」で28万円くらいと推計されますので、その中間の月額24万円の受給を想定して計算します。
その場合、65歳の受給開始から95歳までの30年間の受取総額は24万円×12カ月×30年で8640万円です。これを必要総額から差し引くと、5640万円。これが自助努力で用意しなければならない金額となります。当初と比べれば大きく減ったとはいえ、これでもかなりの金額ですね。
■使いながら運用する重要性
次はこの金額をどう用意していくかを考えます。その場合に、お金と向き合う生活のゴールを「95歳まで資産を持続させる」という点に置くことが大切になります。「5640万円が必要」と聞くと「定年までにその金額は用意できない、無理だ!」と感じるかも知れません。しかし、この金額は使う金額の総額なので、退職後の生活が始まる60歳の時点で全てを用意する必要はありません。
イラスト:小迎裕美子「95歳まで資産を持続させる」ことがゴールになると、35年もの間、お金を放ったらかしにすることはもったいないと感じるはずです。そこで退職後の時代を2つのステージに分けて、「運用がまだできる時代」と「運用からも引退する時代」の2つがあると考えるのです。
95歳から遡ってこの2つのステージを考えてみましょう。アンケートでは多くの方が75歳くらいまで運用を続けたいと回答していることから、運用から引退する時期を75歳と設定します。すなわち、75~95歳の20年間は資産を「使うだけの時代」として考えます。60~75歳の時期はまだ運用ができる「使いながら運用する時代」です。
このように95歳から遡って考えることを私は「逆算の資産準備」と呼んでいます。これを示したのが上図です。左端の95歳から右に向かって年齢が若くなるようにしてあります。もちろん、現役時代は積み立て投資をする時代ですから、ここは別のステージと考えます。
実際に計算しましょう。例えば75歳で運用から引退し、95歳まで公的年金以外に月額14万円を引き出すとします。60~75歳では「資産残高の4%を引き出しながら残りを3%で運用する」と仮定します。ここで95歳で資産が0円になるように設定すると、75歳で3360万円、60歳で3950万円が必要になると計算できます。60歳以降の35年間の引き出し総額を計算すると5695万円です。
注目してほしいのはこの引き出し総額です。前述した、退職直前年収600万円の方の退職後の生活のために用意する自助努力総額5640万円と同じ水準です。つまり60歳時点で4000万円弱の資産があれば、15年間「使いながら運用する」とすれば、自前で用意しなければならない5700万円弱の資金が用意できるのです。
■労働期間や生活費を見直す
4000万円でもかなり大きな金額であるように見えますが、少し対策を考えると、決して難しい金額ではないことが分かります。
出所:フィデリティ退職・投資教育研究所作成1つ目は長く働くことです。先ほどは60歳退職を前提にしていましたが、これを少し延ばせばかなり必要額は変わります。定年延長や再雇用では給料の大幅引き下げを伴いますから、現役時代のように資産を積み立てることは難しいでしょう。それでも少しでも働くことで、資産に手を付けることを遅らせる、または少なくすることは大切なお金との向き合い方です。これについては、次回で詳しくまとめてみます。
2つ目の対策は生活コストの引き下げです。3つの掛け算では2段目の目標代替率の引き下げがそれに該当します。この目標代替率は、退職直前年収の何割くらいの生活費で退職後の生活を考えるかを示唆するものです。
退職直前の年収は生活費、税金・社会保険料、そして退職後の資産形成の3つに使われることになりますが、退職すれば退職後の生活のための資産形成はもはや不要になります。税金や社会保険料も現役時代よりは少なくなります。半面、生活費自体はそれほど変わらない可能性が高い項目です。
フィデリティ退職・投資教育研究所ではこの目標代替率を68%と推計しています。減った大半は「資産形成分」と「税金・社会保険料の分」です。生活費は2割程度しか減らないという想定にしています。
退職したら生活費は下がるものと考えているかもしれませんが、必ずしもそうとは言い切れません。高齢になると旅行や趣味の支出も減り、もう一段生活費は減ると考えている人も多いのですが、健康なうちは失念しているのが医療費です。これも考慮に入れるとなかなか生活費は下がらないものです。いかに生活費コストを減らすかについて、今後改めてこのコラムで取り上げます。
今回のコラムでは、資産運用、継続的に働く、生活費の引き下げの3つの対策をいかに組み合わせて自分として「退職後の生活に向けて」取り組むかの重要性を見てきました。どれを組み合わせて、どこに重点を置くかというプランを考えてみてはどうでしょうか。
野尻哲史フィデリティ退職・投資教育研究所所長。一橋大学卒業後、内外の証券会社調査部を経て2006年にフィデリティ投信入社、07年から現職。アンケート結果を基にした資産形成に関する著書や講演多数。 [日経マネー2018年10月号の記事を再構成]

著者 : 日経マネー編集部
出版 : 日経BP社
価格 : 730円 (税込み)
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