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以前の記事でも解説したが、お酒に強いかどうか(アルコールの耐性)に関わるのがアセトアルデヒド脱水素酵素(ALDH2)の活性だ。この活性が弱い人は、強い毒性を持つアセトアルデヒドがなかなか分解されずに体内に長く残る。このアセトアルデヒドは発がん性物質で、体内に長く残ると、がんにつながる。

顔が赤くなるフラッシャーの人とは、両親から活性が高い遺伝子と、活性が低い遺伝子をそれぞれ引き継いだタイプで、まったく飲めなくはないが、酒は基本的にあまり強くない。(※詳しくは「お酒で赤くなる人、ならない人 がんのリスクも違う」を参照)

お酒を飲むと顔が赤くなる人は、飲酒による食道がんのリスクが高い。営業的な付き合いが多い人は要注意だ。(c)PaylessImages-123RF

井上さんによると、一番危険なのは、「以前はすぐに顔が赤くなってあまり飲めなかったのに、長年、付き合いなどで酒が鍛えられ、飲めるようになった人」だという。

「長年の飲酒による酵素誘導で、アルコールが飲めるようになっても、遺伝子によって決められたALDH2のタイプは変わりません。つまりアセトアルデヒドに長くさらされることになるわけです。飲めることをいいことに慢性的な飲酒を続けていると、食道がんに罹患するリスクが高くなります」(井上さん)

これを聞いて「ドキッ」とされた方も少なくないだろう。食道がんは「働き盛り」といわれる40~50代の男性に多い。「元来、お酒には強くないのに、営業的な付き合いが長年続いたことで強くなった」という方はなおさら注意が必要である。

井上さんによると、お酒をまったく飲めない人(ALDH2の活性が低い遺伝子を2つ持っている人)は、お酒を飲めないため食道がんにはあまりならないという。一方、ガンガン飲める酒豪タイプの人(ALDH2の活性が高い遺伝子を2つ持っている人)は、アセトアルデヒドの分解能力が高く、やはり食道がんになることは少ないという。怖いのはフラッシャーの人、特にフラッシャーなのに鍛えて飲めるようになった人だ。

そして、井上さんはこう続ける。

「また、アセトアルデヒドは肝臓で代謝され、血液を介して全身を巡ります。そして唾液にも入ってきます。これは『酒臭い』状態を指します。唾液中のアセトアルデヒド濃度は血中濃度よりも高く、これにより食道の粘膜がアセトアルデヒドの毒性にさらされます。つまり、アルコールによる粘膜やけどとのダブルパンチとなるわけです」(井上さん)

アルコールとアルデヒドのダブルパンチ。考えただけでも喉がヒリつく。「酒臭い」と言われる時、食道がそんな危険にさらされていたなんて…。

濃い酒注意! 酒量も抑える、休肝日も大事

では、食道がんのリスクを下げるためには、何をどう注意したらよいのだろう?

「まず大前提として、アルコール度数の高いお酒をストレートで飲むのを避けることです。ウイスキーやウオッカのように、アルコール度数が40度以上あるお酒を好んで飲む方は『頸部食道がん』といって、食道の入り口近くにがんができやすい傾向にあります」(井上さん)

とにもかくにも喉が「チリチリ」となるアルコール度数の高いお酒は、最も危険ということである。

そして上述したように、酒量もきちんと抑える必要がある。

「聞き慣れたセリフだと思いますが、まずは酒量のトータル量を見直し、適量(純アルコール換算で20g=日本酒換算で1合)を守ること。ほろ酔い程度でやめておくことです。やけ酒、痛飲はもってのほか。リラックスして、楽しんで飲みましょう」(井上さん)

水分の摂取も重要なポイントだと井上さんは話す。「お酒を飲む際は必ず水を飲むよう心がけてください。水によって、アルコールによる食道への刺激を緩和し、カラダの中のアルコールを希釈することが大事です。また、アルコール摂取により脱水が進みますので、水分を補給する必要があります」(井上さん)

日本酒造組合中央会でも、日本酒や本格焼酎などを飲む際、水を飲むことを推奨している。確かに水をきちんと飲んでいると、トイレの回数が増えるし、翌朝も酒臭いことはまずない。

「また週1回でいいので休肝日を設けることも大切です。24時間、しっかりと肝臓を休ませ、細胞の再生を促しましょう。慢性的にお酒を飲む習慣がある方は、大して飲みたくもないのに『惰性』で飲んでしまうことが多々あります。カラダが欲していない時は無理に飲まずともいいのです」(井上さん)

最近こそなくなったけれど、私も「惰性」で飲んでいた。日が傾き、料理を作りながら無意識に缶ビールをカシュッと開けていたっけ。この惰性飲みをやめ、休肝日を設けるようになってから、すこぶる体調がいいし、血液検査の数値も改善した。やはり細胞、肝臓を休ませることは大切なのだ。

このほか、野菜や果物も意識的にとってほしいと井上さんは話す。

国内のコホート研究でも野菜と果物を多く摂取するほど食道がんのリスクが低いと報告されている(Int J Cancer. 2008;123:1935-1940.)。国立がん研究センターの「がんのリスク・予防要因 評価一覧」でも、野菜や果物の摂取が食道がんのリスクを下げるのは「ほぼ確実」としている。

上記のコホート研究では、キャベツ・大根・小松菜などの十字花科の野菜で統計学的に有意な関連が見られた。これらの野菜には、実験研究などで発がんを抑制するとされるイソチオシアネートという成分を含んでいる。

井上さんは、「抗酸化作用の高い果物なども同時にとるといいでしょう。ただし野菜と果物だけをとるのではなく、たんぱく質や食物繊維などをバランスよく食べるようにしてください」とアドバイスする。

50歳を過ぎたら、年に一度は内視鏡検査を!

飲酒などの生活習慣を改善すると同時に、必須となるのが、定期的な検査である。井上さんは「年に一度は内視鏡検査を!」と話す。

「食道がんは初期の場合、痛みなどの自覚症状がありません。ですので『無症状であっても、定期的に内視鏡検査を行う』ことが早期発見のカギとなります。粘膜でとどまる早期のがんであれば内視鏡を使っての手術になるので、カラダの負担もさほどありません」(井上さん)

「そのためには、一般の内科や人間ドックなどで、胃の内視鏡検査(上部消化管内視鏡検査)を自主的に受ける必要があります。この検査をすれば、咽頭、食道、胃、十二指腸までをひと通りチェックできます」(井上さん)

内視鏡検査は「おえぇ!」となるので恐れる人も少なくないが、井上さんによると、昔に比べ、今は格段に楽になっているという(実際には病院にもよるそうだが)。井上さんの患者の中には「え、もう終わったんですか?」と話す人もいるのだそうだ。

「食道がんは進行すると、外科的手術となり、患者さんの身体的負担もかなり大きくなります。50歳を過ぎたら人間ドックのオプションなどで、年に一度は内視鏡検査をされることをお勧めします」(井上さん)

外科的手術となると、肋骨の間を切開し、肺や心臓の奥にある食道のがんやリンパ節を切除して、胃を持ち上げて食道とつなぐという大掛かりなものになる。聞いているだけで患者の負担が大きいのが分かる。もし食道がんに罹患しても、初期の段階で見つかるよう、定期的な検査は欠かせないのだ。

私もそうだが、酒好きの人は酒を飲む機会が多いのだから、食道がんのリスクは通常の人より確実に高くなる。内視鏡検査は毎年欠かさず実行するとして、そもそも酒の飲み方を一考すべきだろう。「高濃度のお酒をストレートで飲む時の喉のチリチリした刺激がたまらない」なんて言っていてはダメ。一生長~く酒を飲み続けるためにも、酒には刺激ではなく、癒やしや楽しさを求めてほしい。

井上晴洋さん
 昭和大学江東豊洲病院消化器センター長・教授。1983年山口大学医学部卒業。昭和大学横浜市北部病院消化器センター准教授、昭和大学医学部教授、国際消化器内視鏡研修センター、昭和大学横浜市北部病院消化器センター(兼任)などを経て、2014年より現職。専門は消化器内視鏡診断学・治療、食道・胃外科学。食道アカラシアや逆流性食道炎などの内視鏡治療における新しい術式開発にも取り組み、海外でも毎年多くの手術を行う。

(エッセイスト・酒ジャーナリスト=葉石かおり)

[日経Gooday2018年9月4日付記事を再構成]

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