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五輪ボランティアの学生、企業は採用でプラス評価を マセソン美季さんのパラフレーズ

2018/9/14 日本経済新聞 朝刊

マセソン美季さん

2日に香川県高松市で行われた日本パラ陸上選手権。観客席にいたご夫婦に「今日はどなたの応援ですか?」と聞いた。

「誰というわけではなく、今日は東京パラリンピックとつながるために来とります。2年後に夫は90歳やし、私らは暑い夏に東京に応援には、よう行けませんから」との答え。人それぞれ、様々な大会との関わり方があるんだな、と思った。

今月からいよいよ、2020年東京大会のボランティア募集が始まる。組織委員会や自治体は、11万人以上の活躍を期待している。私が競技生活を送っていたころを顧みると、大会や街の思い出はボランティアの印象で大きく変わる。各国の選手や関係者らは、東京のどんな印象を持ち帰ることになるのだろうか。

1998年長野大会で、五輪とパラ両方でボランティアとして働いた小山幸子さんに話を聞いた。五輪ではスロバキアチーム、パラ期間中はカナダチームに配属され、持ち前の語学力と行動力で選手を支えた。当時パラリンピックで見た、ソリに乗るアイスホッケーは非日常のスポーツだった。

だが大会から10年後に競技団体のスタッフとなり、現在も日本パラアイスホッケー協会の事務局員としてスポーツを支え続ける。長野五輪のボランティア説明会に足を運んだのが全ての始まりだったという。かようにボランティアをした人はみな、「やってよかった」という経験談を喜々として語ってくれる。

息子が通うカナダ・オンタリオ州の全高校では、高校卒業資格の中に40時間以上のコミュニティー活動が含まれていて、様々な奉仕をする。息子は東京大会でボランティアをすることも検討したが、年齢制限があって断念。残念がっていた。

大学生ら日本の若い世代の間では、東京大会のボランティアは人気薄と聞く。興味はあっても、就職活動を控えることもあって踏み切れないようだ。折も折、21年春入社の採用から就職協定を見直す話が持ち上がった。これを機に、ボランティア経験が就活にプラスになるような採用基準を、企業は真剣に考えてもらえないだろうか。

マセソン美季
1973年生まれ。大学1年時に交通事故で車いす生活に。98年長野パラリンピックのアイススレッジ・スピードレースで金メダル3個、銀メダル1個を獲得。カナダのアイススレッジホッケー選手と結婚し、カナダ在住。2016年から日本財団パラリンピックサポートセンター勤務。

[日本経済新聞朝刊2018年9月13日付]

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