「原作の密度が圧倒的」 三池監督が語る『ジョジョ』

「第一、半端な出力じゃ荒木先生の言葉にはかなわない。芥川龍之介の小説をすべて読みやすく現代用語に直したところで、そんなの何の意味もないし読みたくないじゃないですか。それと同じです。原作をまるごと真空パックにして、それを映画館で開いてみる。そんな感覚で映画化に取り組みました」

映画監督に作家性は不要

――映画づくりに向けて荒木先生とはどんなお話をされましたか。

「最初にいろいろお話をしているときに、荒木先生がポツリと『スタンドを出さない方がいいんじゃないか』とおっしゃったんですよ。普通の発想だと、スタンドの戦いなんて一番派手で見栄えのするところ。実写化の肝となる部分です。でもきっとそれだと荒木先生の頭の中では当たり前すぎてつまらなかったんでしょうね。もちろん実際にスタンドが何も出てこないというわけにはいかないんですけど、荒木先生としてはそれぐらい『もっと映画的な表現を目指してほしい』という期待を込めて、そうおっしゃったんだと思います」

――荒木先生は非常に映画チームに裁量を委ねてくださるタイプの方なんですね。

「そうですね。やはり荒木先生もものをつくり出す側の人間ですから、つくり手のジレンマやストレスはよくわかるんでしょう。だからこそ何か口を出すことで、僕たちのチャレンジを邪魔したくないという想いがあったんじゃないですかね。あるいはもっとクールに言うなら、ダメなやつには何を言ってもダメだとわかっていたんでしょう。いくら口を出したところで良くなることなんて微々たるものです。だったら勘違いでもいいから、つくり手たちが自分の信じたものを楽しんでつくってくれたらいい、と。そういうふうに思われての発言だったんじゃないかと僕は解釈しています」

「僕がいつも原作のある作品を映画にするときに決めていることはとても明確で、他の人たちが何を言おうと、生みの親である原作者の方が映画をみて『楽しかった』『映画にしてもらってよかった』と思ってもらえるものを目指そう、と。ただそれだけなんですよ」

――『ジョジョ』で言えば、荒木先生ですね。

撮影現場で原作を確認する三池監督

「そうです。荒木先生が唯一の観客です。対象がむやみに広がっても、ムニャムニャしたものしかつくれない。であれば、僕が目指すのは、荒木先生ただひとり。プロデューサーも出資者も関係ない。僕は映画監督には作家性なんて必要ないと思っているんですよ。そんなものにこだわるから、多くの人は『自分はこういう監督なんだ』っていう主張に潰されていっちゃう。作家性なんてものを取っ払えば、どんな仕事だってありますよ」

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