フィンランドで酎ハイ人気 サウナでソーセージと共に
北欧の国フィンランドで、今大いに人気に盛り上がりを見せている酒がある。「ロンケロ」という愛称で呼ばれるロングドリンク(カクテルの一種)、いわばフィンランド版酎ハイだ。ロンケロとは、ジンをグレープフルーツソーダで割ったカクテル(今は様々なバリエーションがある)。初めて登場したのは1952年、ヘルシンキオリンピックの年だ。
考案したのは、19世紀にミネラルウオーターの販売からスタートしたハートウォール社。プレミックスのカクテルを販売すれば、押し寄せる観光客で多忙を極めるだろうレストランに喜ばれると考えたのだ。当初はオリンピック期間限定で売る予定の商品だったが、ロンケロは地元の人たちの人気も集め、フィンランドの国民的な酒となった。
そのロンケロが、なぜ今「再ブレイク」しているのか。それには法律の改正が関係している。フィンランドでは、アルコール度数の高い酒は「アルコ」という国営の専売店でしか買うことができない。長らく、「アルコ」以外の小売店で売れるのはアルコール度数4.7パーセント以下の酒だったのだが、今年1月の改正法の施行により5.5パーセントの酒までは、スーパーなどでも買えるようになった。そして、この5.5パーセントというのが、まさにハートウォールがオリンピック開催時に発売した「正統派」ロンケロの度数なのだ(現在のロンケロには度数がこれより高いもの、低いものがある)
「高アルコール度数」の酒のスーパー販売解禁日には、「最初の客になるぞ」と開店前に店に並んだ人までいたらしい。首都ヘルシンキの大手スーパーを訪れると、陳列棚に様々な種類のロンケロが並んでいた。単にこまめに商品を補充していなかったからかもしれないが、閉店が近いロンケロ売り場の棚は少し寂しいぐらいに商品がはけていた。トップメーカーのハートウォール社は、「フィンランドの醸造・清涼飲料連盟によれば、今年前半ロングドリンク(プレミックスカクテル)の売り上げは、対前年比で40パーセント増加した」と指摘する。
そうした中、ヒットを飛ばしたのは、大手飲料会社のオルヴィが2013年設立の新進メーカー、ヘルシンキ蒸留酒製造所と手を組んで今春発売した商品だ。ヘルシンキ蒸留酒製造所は100年以上ぶりにヘルシンキに誕生したクラフト蒸留所。看板商品のひとつであるクラフトジン「ヘルシンキ・ドライジン」は、毎年ベルリンで開催されるクラフトスピリッツ(蒸留酒)のフェスティバル「デスティレ・ベルリン」で2016年「今年のスピリッツ賞」を受賞している。新商品のロンケロには、これにフィンランドの国民に親しまれている酸味の強いベリー類、リンゴンベリーを合わせた。これは、「ヘルシンキ・ドライジン」に使われるボタニカル(蒸留時に使う草根木皮)のひとつでもある。
売り上げは当初の年間目標額を既に上回るほどだという。「ヘルシンキ・ドライジンはとても香りがいいのでロンケロのようなカクテルドリンクに向いていることや、本物の果汁を使ったことが勝因」と同社シェイマス・ホロハンCEOは分析する。もちろん、話題のクラフト蒸留所とタグを組んだことが消費者人気を高めただろうことは想像に難くない。
ちなみに、ヘルシンキ蒸留酒製造所はより高級路線のロンケロも2015年に発売。こちらはこれまで大きくは市場が動いてなかったというが、最近になって国内2紙がフィンランドのベスト・ロングドリンクに選出。注目を集め始めた。缶入りのコラボ商品とは異なりこちらはスタイリッシュな瓶入り。使用するのはやはり「ヘルシンキ・ドライジン」で、色のきれいなピンクグレープフルーツを合わせた。ロンケロは甘いカクテルなのだが、これには17パーセント以上果汁が含まれるため果実感が強く、果物の苦味や酸の輪郭もはっきり。
ハートウォール社のロンケロも飲んでみたが、こちらは意外なほどにくせのない味。グレープフルーツのカクテルというよりは、スポーツ飲料のようにすっきりとしていて、ジンが入っている飲み物という感覚はあまりない。口当たりがよく、気を許していると知らぬ間に酔いそうだ。
こうしたロンケロはフィンランド人の「憩いの場」、公衆サウナでも飲むことができる。2016年にオープン、今年米『タイム』誌に「世界の最もすばらしい場所100」のひとつとして選ばれたヘルシンキのモダンなサウナ施設「ロウリュ」を訪れると、入り口には何種かのビールと共にハートウォールのロンケロのサーバーがあった。同国一番人気の酒といえばビールなのだが、それに並ぶ人気があるということなのだろう。
火照った体を冷ますために屋外にベンチが設けられていたが、ずらりと座った男性陣は押しなべて片手に酒のグラスを持ち至福の表情。ちなみに、公衆サウナの中には、涼み場が施設の入り口前の路上というところも。今どきの施設である「ロウリュ」は水着着用だったが、昔ながらのサウナの作法は裸にバスタオル1枚。こうした施設で飲む酒は、また別の解放感に満ちているのかもしれない。
一方、フィンランドで酒に合わせるつまみといえば、真っ先に挙がるのはマッカラだ。マッカラとはソーセージのことで、定番は、グリルで焼くソーセージのグリッリ・マッカラ。ぷりっとはじけるような皮に包まれた肉にマスタードやケチャップをつけて食べる。マスタードは以前の記事(ライ麦パンはフィンランドの味 酸味、バターと好相性)で紹介した、独特の甘さのあるものだ。
初めて食べたときはその甘さになじめなかったが、何度か口にしていると不思議にクセになる。さらに同国では、なんとサウナストーンの上でもソーセージを焼いてしまうという。「サウナ・マッカラ」と呼ばれるこの一品は、一般には熱せられたストーンの上に置いたアルミホイルの上で焼くらしいが、専用の調理器具もある。個人の家のサウナで楽しむものだが、汗を流しては、外に出て涼みながらサウナ・マッカラを食べ酒をぐいっと飲む。想像しただけで夢のようだ。
ちなみに、フィンランドにはオーブンで焼くのが定番調理法だという「レンキ・マッカラ」というソーセージもある。在日フィンランド大使館の若い女性大使館員が「国に帰ると食べたくなるもの」として挙げてくれた、直径が3、4センチほどもある極太のソーセージだ。皮がないので食感は軟らかで、彼女は「パンにバターを塗り、火を通さずにただスライスしたものを載せると、とてもおいしい」と教えてくれた。もっとも、ポピュラーなレシピは、縦に切り込みを入れたレンキ・マッカラにチーズのスライスを挟みオーブンで焼くというものらしい。食べてみると塩気が強く思わずビールを飲みたくなる味だった。
フィンランドを訪れたのは8月下旬だったため当地では、ザリガニのシーズン。約600年間スウェーデンの統治下にあったフィンランドは、今もスウェーデン語を母語とする地域があり文化的にも大きな影響を受けている。ザリガニ料理もそのひとつで、7月下旬~10月までの季節の味覚。レストランで楽しむほか、スーパーでもザリガニがずらりと並ぶ。注文すれば生きたザリガニも買えるという大手スーパーに行くと、目の前を「活ザリガニ」の大きな発泡スチロールの箱をカートに入れた若い女性が通った。
フィンランドでザリガニと合わせる定番の酒はウオッカだが(スウェーデンではアクアビット)、店にはザリガニラベルのビールが並んでいて、彼女は棚からビールを何本も買い込んでいった。この季節の味覚を食べる「ザリガニパーティー」では、ナプキンでもテーブルクロスでもザリガニ柄でそろえるのが当地の「作法」らしく、どうやらこのときばかりはビールもザリガニ柄に心が引かれるものらしい。
薄いトーストにたっぷりバターを塗り、殻からかき出した身と香草ディルを載せて食べるのが、この甲殻類の味わい方。ザリガニは手に入らなくても、海老などでマネをすれば、フィンランド風秋の宵にしばし浸れそう。本場ではウオッカが「ザリガニの酒」だが、実は日本でもいくつかのロンケロが手に入る。ここはひとつ、同国の国民酒を合わせて楽しんでみてはいかがだろう。
(フリーライター メレンダ千春)
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