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西郷どんも食べた? 奄美大島の「鶏飯」と「鶏飯丼」

専門店「みなとや」の鶏飯

もともとは鶏の炊き込みご飯であり、それがどうして汁かけになったのかは詳しく分かっていないが、戦前には確立した。そして1946年に旅館として開業した「みなとや」では最初から汁かけの形式で提供されていたという。

このみなとやの店先には、「鶏飯元祖の由来」という石版が設置してある。1968年に現在の天皇・皇后両陛下が奄美大島に来訪してみなとやの鶏飯を召し上がった、と刻まれている。

天皇・皇后両陛下が鶏飯を召し上がった際の食器

みなとやは奄美大島北部の赤木名(あかぎな)にある。古い港町で江戸時代に薩摩藩の代官所の一つが置かれた。奄美はかつて琉球王国の統治下にあったが、1609年に薩摩藩領となった。薩摩藩の役人を供応する機会が定期的にあり、そこで鶏飯も提供され、汁かけの鶏飯が生まれる背景にもなったと思われる。

みなとやは鶏飯を提供する現存する店で最も古い、と言われ、大変な人気だ。筆者が訪問した際は観光シーズンということもあって数十分待ちだった。

「みなとや」の鶏飯はスープに骨の髄もしみ出て濃厚だ

みなとやの鶏飯の特徴は一言で言えば、濃厚。掛けて食べるスープには油が浮いて、冷めると白く凝固してくるほど。口に含むとうま味と厚みがふんだんに感じられて、満足感が得られる。鶏からだしを取る際に骨は砕き、髄までしみ出るようにしているという。鶏肉はゆでて割いてからいったん乾燥させているが、濃厚なスープをかけることで生気を取り戻した感じで、うま味が増幅する。

ノリは味付けのものが添えられている。鶏飯の具としてノリはよく登場するが、味付けは珍しい。濃厚なスープの中で埋もれてしまわないためだろうか。

みなとやに勝るとも劣らない人気を誇るのが「ひさ倉」だ。西郷隆盛が愛可那と過ごした龍郷町にある。奄美空港から島の中心地である名瀬に向かう道路に面し、観光客も立ち寄りやすい。

ひさ倉はもともと大島紬の織元をしていたが、販売が下火になったため、1993年に職替えして鶏飯専門店としてオープンした。当初から自家養鶏場を用意し、鶏はすべて自前だ。メニューには焼き鳥や鳥刺しもある。

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