2018/9/12

ビジュアル音楽堂

「テリュール」は現代音楽としてCDの中でも突出した怪物的な存在感を示している。しかし徳永氏は「ギターはいろんな曲を演奏できる楽器。古くはルネサンス期から現代の新曲まで幅広いギター曲がある。演奏家としてはすべての時代のレパートリーを弾けるべきだ」と主張する。そうした考えからCDでは古今の作品を幅広く収めた。

フランスとスペインの巨匠たちの伝統を継承

さらに「スペインとフランスのギター曲のみ」にした理由として、両国が「ギター史上、非常に重要な2つの国」であることを挙げる。「スペインでクラシックギターの原型ができた」と語り、「両国は文化的にも音楽的にも影響し合っている」と説明する。例えば、スペインが生んだギタリストの巨匠セゴビア氏は「フランスのパリで活躍した作曲家に多くの作品を委嘱した」。また「ホセはフランスの作曲家ラヴェルの影響を受けている。逆にラヴェルはスペイン音楽に影響された」と事例を挙げる。

フォッサ「ファンタジー第1番」を練習中のギタリスト徳永真一郎氏(8月24日、横浜市の横浜みなとみらいホール練習室)

こうしてバロック後期のフランスの作曲家フランソワ・クープラン(1668~1733年)から、スペインのギタリスト兼作曲家レヒーノ・サインス・デ・ラ・マーサ氏(1896~1981年)、存命のミュライユ氏まで、「古今仏西」の多彩なギター曲が1枚に収まった。デ・ラ・マーサ氏はスペインの作曲家ホアキン・ロドリーゴ氏(1901~99年)の名曲「アランフェス協奏曲」の初演者として知られる。CDの冒頭に収めたデ・ラ・マーサ氏の3曲はフラメンコ風の曲調で、徳永氏の繊細な技巧と表現の叙情性をいきなり十分に聴かせる。

デ・ラ・マーサ氏に献呈した作品として、弟のエドゥアルド・サインス・デ・ラ・マーサ氏(1903~82年)の「暁の鐘」、それにチュニジア出身のフランスのギタリスト兼作曲家ローラン・ディアンス氏(1955~2016年)の「サウダージ第2番」も収録している。徳永氏はフランス留学時代にディアンス氏に師事した。これらの曲を聴くにつれて、徳永氏がフランスとスペインの巨匠たちの伝統を受け継ぐ希少な日本人ギタリストであることが伝わってくる。

8月24日、横浜みなとみらいホール(横浜市)の練習室で徳永氏にインタビューした。その合間に、CDにも入れたフランス古典派時代の作曲家フランソワ・ド・フォッサ(1775~1849年)の「ファンタジー第1番(作品5)」の一部を試奏してくれた。古典的な構成美を持つ曲を明快な音色で弾いている。しかしギター曲には珍しい変ロ長調で書かれており、開放弦で鳴らせる音が少なく、人さし指でネックを押さえ続けて弾く必要がある。「シンプルなようで実は難曲」と話す。

「古今仏西」から古今東西へ広がる可能性

9月1日にはハクジュホール(東京・渋谷)での「ギター・フェスタ」にも出演し、CD収録曲を中心に弾いた。そこでも「テリュール」の演奏が存在感を示した。ラスゲアードのほかハーモニクスやタッピングなど、エレキギターでもみられる様々な奏法を駆使し、ギター1本で倍音の交響楽を演じた。公演を見守った福田氏は「彼が10代の頃から知っている。非常に細かい指示が書き込まれた『テリュール』を弾きこなすのは大したものだ。フランス留学から大きく成長して帰ってきた」と称賛した。

9月30日には東京のタワーレコード渋谷店で「ミニ・ライブ&サイン会」も開く。「CDに入れたのは僕のレパートリーの中のほんの一部。もっといろんな曲を聴いてもらいたい」と抱負を語る。「古今仏西」から始まり、古今東西の音楽をカバーしていく可能性を秘めたギタリストの登場である。

(映像報道部シニア・エディター 池上輝彦)