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野村克也さん 一人の暮らし支える亡き妻の言葉 80歳を過ぎて妻に先立たれたら(上)

日経マネー

2018/9/11

(写真:福知彰子)

 「野球の野村さんって知ってる?」と聞くと、「すごい人だよ」と団が答えたらしい。その日の試合に親子を招待したことがきっかけで、付き合うようになった。

 当時僕は35歳で、先輩に紹介された社長令嬢と結婚していたのだけれど、向こうの浮気が原因で別居状態。帰る所もなかったし、他に女性関係もゼロだったから、東京遠征に来るたびサッチーさんと食事に行く付き合いが続いていた。でも結婚するなんて考えもしてなかったよ。

■「何とかなるわよ!」に救われる

──それは意外です。結婚に至ったのはなぜ?

 子供ができたからね。責任を取らなきゃならない。向こうにしてみても、俺にほれたというより自分の2人の息子とうまくやってくれると思ったんじゃないかな。

 でもそれからが色々と大変だった。一番強烈な思い出は、20年以上世話になった南海ホークスの監督をクビになったこと。まだ前妻との婚姻関係が解消されていない中、サッチーさんと暮らしていることをスポーツ新聞にすっぱ抜かれちゃった。愛人問題として大バッシングを受けて、公式戦を2試合残して解任されてしまった。

 当時、僕は42歳で、克則はまだ4歳。「もう野球界に戻れないかも……」と落ち込んでいると、サッチーさんが「大阪なんて大嫌い。東京に行こう!」と言い出した。そうは言っても、東京なんて何の縁もないし、仕事のつてもない。愚痴ばかりこぼす僕にサッチーさんは大声で、「何とかなるわよ!」。

 マイナス思考でいっぱいだった僕の心に、その一言はずしんと響いたね。自分で会社を経営するほどのやり手だったから、東京で仕事を見つけて稼ぐ自信があったのだろうけど、僕もその一言で「何とかなるかも」という気持ちになった。それからも落ち込んだり、困難に直面したりするたびに、サッチーさんの「何とかなるわよ」が僕を救ってくれたと思います。

──そうでしたか。今でも支えになっている沙知代さんの言葉は他にもあるのでしょうか。

 「死ぬまで働け」かな。とにかくずっと働けと言われ続けていたからね。一人になってみると、仕事があってよかったとしみじみ思うよ。何もする気にならなくても、仕事があれば外に出かけるし、人とも話すからね。

(聞き手:日経マネー 佐藤珠希)

[日経マネー2018年10月号の記事を再構成]

日経マネー 2018年 10月号

著者 : 日経マネー編集部
出版 : 日経BP社
価格 : 730円 (税込み)


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