びっくり緑の麻婆豆腐 客を幸せにする創作中国料理店
東京・新宿、緑豊かな新宿御苑のすぐ側に、「幸せ中国料理 ローズ上海」はある。
ディナーはもとより、1500円のランチも予約しないと食べられない、と話題になっている店だ。それは、オーナーシェフのシャウ・ウェイさんの「良い材料で手作りした料理を、一番おいしい状態で食べてほしい」というポリシーゆえ。仕入れや仕込みの分量を見極めて、冷凍保存で食材の味が変わるのを防ぐために予約制を貫いている。
中国出身のシャウ・ウェイさんは、1995年に来日して人気料理研究家となり、彼女の作った料理を店で食べたいという声に応えて、2016年にこの店をオープン。「おいしくて体に良い中国料理を提供し、お客さんに幸せになってほしい」という思いから、店名の前に「幸せ中国料理」と冠した。思いは形となり、店を訪れる多くの客たちが「幸せ」になっているという。最近もこんなことがあった。
8月18日と19日、店で「納涼ギョーザパーティー」を企画すると、フェイスブックでしか宣伝をしなかったにもかかわらず、30人の客が集まり、こぢんまりした店内は満員になった。
このパーティーでは、中国各地の特徴をそなえた水ギョーザ、焼きギョーザあわせて4種類が提供された。さらに参加者は上海伝統の水ギョーザの作り方を教わり、全員で作って食べるという趣向だ。来日中だったシャウ・ウェイさんのお母さんも講師となり、小麦粉をこねて皮の形に伸ばすところから、具を包む一連の流れを参加者一人ひとりに丁寧に教えた。
「中国では、正月やお祝い事のある時に、家族や親戚が集まってギョーザを作って食べる習わしがあります。一緒に作って食べることで絆が深まるのです」とシャウ・ウェイさん。この日のパーティーでも初対面の客たちが仲良くおしゃべりをしながら、ギョーザ作りに夢中になった。
なごやかなパーティーの中で、シャウ・ウェイさんはある50代の夫婦に常に気を配っていた。初来店の客で、奥さんは酸素ボンベを携帯し、鼻から管を入れて酸素を吸入しており、ご主人がかいがいしく介助していた。
「問題があってはいけないので、奥さんの状態を聞いてみると、重い病気を患っていて長い間外出もできなかったとのこと。ご主人は、ギョーザが大好きな奥さんに本場のギョーザを食べさせたいが、病気の奥さんを連れて行けそうな店がなかなか見つからなかった。あれこれ探すうちにこのギョーザパーティーの情報を見て、この店なら安心と思って参加してくれたのです」(シャウ・ウェイさん)
久しぶりに外出した奥さんは、大好きなギョーザを食べることができ、みなさんと楽しくおしゃべりをして、なんて幸せな日なのか、と感激。「ご主人は本場のギョーザの作り方を覚えたので、これからは自分が家で奥さんに作ってあげられる、と喜んでいました。その言葉を聞いて、私も涙が出るくらいうれしかった」とシャウ・ウェイさん。
地下にある店の階段が急なため、帰りは料理長が奥さんを背負って階段を上った。夫婦は「今日は本当に幸せだった」と繰り返しお礼を言って帰って行ったという。
また、この会には、国際結婚した若いカップルも参加していた。夫は中国人、妻は日本人で、区役所で婚姻届を提出したその足でこのパーティーに訪れたのだった。2人がこの会に参加したのには、重要な理由があったという。
夫は中国東北部の出身。親戚が大勢集まってギョーザを作る風習が残っている地方なのだが、近年は行わない家も増え、若い夫にはギョーザ作りの経験がなかった。そこで、新妻を両親に紹介するために中国に帰省する前に、彼女に本場のギョーザの作り方を覚えてもらいたい、そのためにはこんないい機会はない、と参加したのだった。
「若いお嫁さんが、一生懸命作り方のコツを覚えている姿は、なんともほほ笑ましいものでした。中国のご両親は、日本人のお嫁さんがわざわざギョーザの作り方を学んでお嫁に来てくれたことを知ったら、どんなにうれしいでしょう」(シャウ・ウェイさん)。
「この会では日本人も中国人もみんな仲良く、まるで大家族のようになって、『まだ帰りたくない』『交流のチャンスを定期的に作って!』と言ってくれました。みんなが幸せになる場を提供できたことで、この店を作って良かったと心から思えました」とシャウ・ウェイさんはしみじみ語った。
シャウ・ウェイさんは中国の新疆ウイグル自治区で、植物学者の父とオペラ歌手の母の元に生まれた。料理好きの母の影響を受け、幼い頃から料理作りに親しんできた。その後は上海で暮らし、中国各地の家庭料理からシルクロード料理まで幅広い中国料理に明るい。大学卒業後は、日本と中国の合弁会社で働き、放送局でアナウンサーを勤めた後、日本人との結婚で来日した。
日本では家事をこなす一方で、カルチャーセンターで中国語を教え、休憩時間にお手製のギョーザや肉まんを振る舞ったり、生徒たちを自宅に招いて家庭料理でもてなしたりした。その料理のおいしさが評判となり、中国語と料理を一緒に教える講座も開催することとなる。
本格的に料理を教えるために自らも学ぼうと、中国に帰るたびに様々な店で短期修業を重ねたシャウ・ウェイさんは、料理のレパートリーを増やし、料理研究家として歩み始めた。
2005年には、雑誌『エル・ア・ターブル』(ハースト婦人画報社)でレシピの執筆を始め、多様なジャンルの料理人が課題食材を使って料理を競う企画に出場し、2006年のグランドチャンピオンに。その後、料理教室も開ける造作の店舗物件を見つけたことをきっかけに「ローズ上海」をオープンした。
ローズ上海には、シャウ・ウェイさんが豊かな創造力で生み出した人気メニューも多い。「グリーン麻婆豆腐」はそのひとつ。ソラマメをたっぷり使い、美しい翡翠(ひすい)にも似た緑色の麻婆豆腐だ。
「暑い時期には、真っ赤な色で油をたくさん使ってこってりした麻婆豆腐を食べたくないお客さんも多い。もっと爽やかで涼しげな麻婆豆腐が作れないものかと考えていたとき、身内の農家からたくさんのソラマメを送ってもらいました。麻婆豆腐に使うトウバンジャンは、もともとソラマメと赤トウガラシを使った発酵調味料なので、麻婆豆腐とソラマメの相性は抜群。そこで、緑色のソラマメをベースにし、トウガラシもサンショウも緑色のものを使えば、美しい緑色の麻婆豆腐ができると思いついたのです」(シャウ・ウェイさん)
ベースとなるのは、ソラマメをペースト状にして、辛さの異なる2種類の緑色のトウガラシと緑色のサンショウを加えたもの。ソラマメはコクが豊かなために、肉を使わず、油も普通の麻婆豆腐を作る際の3分の1程度で十分まろやかな味となる。
しかし、最初にメニューに加えたときには注文は少なかった。客が食べ慣れている真っ赤な麻婆豆腐とはあまりにも見た目が異なるので、尻込みしたようなのだ。そこで、サービスメニューとして試食してもらうと、客の評価は180度変わった。「肉が入ってないのになんでこんなにコクがあるの? 油の量が少ないからヘルシーでおいしい! と喜ばれ、すぐに看板メニューになりました」(シャウ・ウェイさん)。
店の周辺にある外資系企業に勤務するベジタリアンやビーガンにも熱烈なリピーターが多いが、精進料理を意識させない満足感があるので、肉食派の客にも愛されている。
また、上海ハンバーグも人気の高い逸品だ。塊肉をカットして4時間かけて蒸したフワフワの食感が売りだが、冷凍どころか冷蔵庫に入れてもこの食感を損なってしまうという。そこで、特別な予約がない限りは、1日6個限定とした。それがおいしく提供できる最良の数なのである。
「毎日確実に売り切れる量を準備することが、お客さんに一番おいしい料理を食べてもらい、食品ロスを減らすことにもつながるんです」と話すシャウ・ウェイさんの料理に対する愛情は深く、理念は明確だ。こうして「ローズ上海」は、今日も客が幸せになる料理と、それを楽しむ時間と空間を提供し続けている。
(フリーライター 芦部洋子)
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