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宇多田ヒカルの天才 「畳み掛けの法則」(川谷絵音) ヒットの理由がありあまる(2)

日経エンタテインメント!

2018/9/23

ゲスの極み乙女。やindigo la Endなど複数のバンドで活躍する川谷絵音が、世間でヒットしている楽曲を同じミュージシャン目線で自筆解説します。

『初恋』(宇多田ヒカル)

今回は宇多田ヒカルさんの『初恋』という曲について、僕の視点で具体的に何がいいのかを書いていこうと思います。まずこの曲の特徴として、ドラムやベースといったリズム楽器が一切入っていません。基本、ボーカル、ピアノ、弦(ストリングス)で構成されているのだ(ギターとかも入ってるけど)。そして何度も繰り返されるサビのメロディー。この曲は4分40秒ぐらいの長さがあるんだけど、普通リズムが入らず、同じメロディーを延々と繰り返すと、この長さは飽きてしまうもの。でもこの曲は飽きることなく、ちゃんと最後まで聴き続けられる。いや聴けるというより聴いてしまうという表現のほうが正しい。その理由を解説していきましょう。

サビのメロディーは、「ソ・ラ・シ・ド」の4種類の音階だけで作られていて実にシンプル。宇多田さんの楽曲は、『First Love』などを筆頭に、音域が広く、音飛びが激しいものが多い。なので最初聴いた時はとても驚いた。でもこのサビのシンプルさが何度も聴いてしまう要因となっているのだ。シンプルなものは当然頭に残りやすい。かつ、この曲には(歌声の入らない)間奏というものがない。畳み掛けるかのように彼女の歌とメロディーが押し寄せてくる。この畳み掛けに圧倒されている間に気付いたら曲はもう終わっている。間奏で曲を噛みしめる時間を与えない。だから何度も聴いてしまうのだ。

前回の米津玄師の『Lemon』も間奏はあれど、その時間は短いし、歌の畳み掛け度はかなり高い。最近のヒット曲の条件として「歌の畳み掛け」は、かなりあるなぁと思っている。ストリーミング時代に突入した結果、音楽のインスタント感が増し、間奏があると歌が入るまで我慢できず次の曲を再生してしまったりするのだろうか。大いにあると思う。便利になりすぎた弊害は思わぬ形で出てくるんだなと感じている。

話を『初恋』に戻そう。さらにこの曲のすごいところは途中で何度も入ってくる「I need you」という部分。「もはやここがサビなのか?」と思うくらいの中毒性があるところだが、それ以前に何がすごいって「I need you」という歌詞が、めちゃくちゃかっこよく聴こえるところだ。この誰でも知っている英語の「I need you」というフレーズ。ありきたりすぎて体がむずがゆくなるような歌詞が、宇多田ヒカルが歌うとかっこいいのだからすごい。シンプルなものがかっこよくなるのは、そのアーティストのすごみだ。そして全アーティストが最も欲しい能力だ。結局は声なのだが、今までに宇多田ヒカルさんが積み上げてきたキャリアも含め、説得力が違う。これはほとんど誰にもできない。

正直な話、「I need you」の部分を聴いた時に「これはやられたなぁ」と思った。曲の最後がこの部分で終わるのもニクいなぁと思ったし、こんなに狂おしく歌われたらもう泣いてしまう。

宇多田ヒカルというアーティストは天才以外の何物でもない、そう再確認した1曲です。『初恋』は。作れませんよ、こんな曲。後半に向けてよりドラマティックになっていく弦の旋律も美しいし、あと、「風に吹かれ震える梢が/陽の射す方へと伸びていくわ/小さなことで喜び合えば/小さなことで傷つきもした」という歌詞の部分、すごくないですか? 初恋の感情をこんな美しい情景描写で表現できる人います? 天才が常に天才でいてくれるから、僕らも頑張ろうと思えます。

話がいろいろと脱線しちゃいましたが、これを読んでからもう一度『初恋』を聴くと違った聴こえ方がするかも。とりあえず「畳み掛けの法則」というものを念頭に、いろんな曲を聴いてみてはいかがでしょうか? ではまた。

川谷絵音
1988年12月3日生まれ、長崎県出身。ゲスの極み乙女。、indigo la End、ジェニーハイ、ichikoroといったバンドのボーカルやギターとして多彩に活動中。10月17日に、ジェニーハイのデビューミニアルバム『ジェニーハイ』をリリース。

[日経エンタテインメント! 2018年9月号の記事を再構成]

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