舞台ならでは 地方公演でのすてきな光景(井上芳雄)第29回

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井上芳雄です。7月27日から上演してきた『ナイツ・テイル-騎士物語-』が8月29日で帝国劇場での千秋楽を迎えました。9月18日からは大阪の梅田芸術劇場で公演が始まり、10月15日まで続きます。1カ月もの間、自分の住まいを離れて、違う場所で暮らすことは普通の仕事ではあまりないと思います。地方公演は、舞台俳優ならではの仕事かもしれません。

『ナイツ・テイル-騎士物語-』での井上芳雄(左)と上白石萌音(右)。9月18日から10月15日まで、大阪・梅田芸術劇場にて上演(写真提供/東宝演劇部)

東京を離れると、気分的にはすごく楽になります。泊まるところは劇場近くのホテルだったり、ウイークリーマンションを借りたりするので通勤は楽。ぎりぎりまで寝て、劇場に行って、また帰ってという、舞台に集中できる生活になりますから。

でも、初めて地方公演を経験したときは、すごく戸惑いました。20歳で『エリザベート』の皇太子役でデビューした年の翌年。『エリザベート』の名古屋公演が1カ月くらいあったときでした。どこでご飯を食べたらいいのかから始まって、洗濯物はどこで洗うのかとか、分からないことだらけ。それで公演が終わって1カ月ぶりに家に帰ってきて、お風呂に入ろうとしたら、冷たい水しか出なくてびっくり。支払い期限を過ぎているのに気づかず、ガスを止められていたのです(笑)。そのくらい地方公演は未知の世界でしたが、すごく楽しかったのを覚えています。

みんなで一緒に食事をすることも多いし、急速に仲が深まります。寝食を共にするのに近いので、本当に家族のような感じになっていきます。今回の『ナイツ・テイル』の大阪公演でも、共演者の方とゆっくり話したり、飲んだり食べたりするのがとても楽しみです。東京では、なかなかそういう時間をとれないですから。

『ナイツ・テイル』のカンパニーは、演出家のジョン・ケアードがみんなを自由にやらせてくれているし、堂本光一君もいわゆる座長だからといって偉そうにすることも皆無で、細かい気配りをしてくれるので、とてもやりやすくて、本当にいいムードです。上白石萌音さんが「終わるのが寂しい」とよく言っていますが、その気持ちはわかります。

僕も、『エリザベート』の公演が終わりに近づいたときは、この人たちにもう会えないのかと思うと、寂しくてしようがなかったですから。何カ月も毎日会っていた人と急に会わなくなるのだから、それは悲しいですよね。若い人たちは、特にそう感じると思います。

雰囲気のいいカンパニーだと、終わって1週間後くらいにみんなで集まって飲んだり、「月1回集まりましょうよ」となって、しばらく集まりが続いたりもします。

僕も今はキャリアを重ねたので、公演が終わるのを悲しいと思いながらも淡々と「お疲れさまです」と言っている感じで、最初のころの初々しさはなくなりました(笑)。でも、若い人たちがなごり惜しんでいるのを見ると「本当にいい作品だったのだな」と分かるので、それは地方公演でのすてきな光景です。

ライブ・ビューイングの可能性

『ナイツ・テイル』の大阪はまるまる1カ月という長い公演ですが、実は最近では珍しいこと。地方に行くほど観劇人口は少なくなり、東京と同じ期間はできないことが多いですから。人気がある公演だから成立することなので、ありがたいことです。

僕も福岡で公演していた劇団四季の『キャッツ』を見て、ミュージカル俳優をめざしたので、地方で公演を見られる機会がもっと増えてほしいと思っています。東京以外の人たちにどうやって見てもらうかは、日本の演劇界の大きな課題です。

そんななかで、最近の変化のひとつが、前回ふれたライブ・ビューイングなのかなと。コンサートの話になりますが、僕がパーソナリティーを務めるラジオ番組『井上芳雄 by MYSELF』(TBSラジオ)のスペシャルライブを昨年初めて催した際、全国の17の映画館に生中継しました。それで感じたのが、見たいけど東京までは行けないという人がたくさんいて、近くの映画館で生中継をやるなら見たいというニーズは思った以上にあるということでした。

今年のスペシャルライブでもライブ・ビューイングが決まり、10月27日が23会場、11月29日が26会場と大幅に増えました。まずは自分のコンサートで、どんな可能性があるか考えてみたいと思っています。同時感を共有することが重要だと思うので、各会場とのやりとりのようなことが少しでもできたならば、楽しいでしょうね。

ミュージカルや演劇のライブ・ビューイングも、今後はもっと増えるのではないでしょうか。全国の人が楽しめるようになり、観劇人口が広がることを願っています。

井上芳雄
1979年7月6日生まれ。福岡県出身。東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。大学在学中の2000年に、ミュージカル『エリザベート』の皇太子ルドルフ役でデビュー。以降、ミュージカル、ストレートプレイの舞台を中心に活躍。CD制作、コンサートなどの音楽活動にも取り組む一方、テレビ、映画など映像にも活動の幅を広げている。著書に『ミュージカル俳優という仕事』(日経BP社)。10月27日、11月29日に「井上芳雄 by MYSELF スペシャルライブ」を東京国際フォーラムにて開催。

「井上芳雄 エンタメ通信」は毎月第1、第3土曜に掲載。第30回は9月15日(土)の予定です。

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